第3章

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「吐き出し先にされても困るよ。わたしたち、痰壺なの?」 「え、なに?」 「た・ん・つ・ぼ。たんを吐き出す入れ物だよ」 「ああ……そう言われると、確かに」  何がおかしいのか、奥村さんは微笑した。 「わたし、グズグズ言う人ってさ、痰を吐いているのと同じだと思うんだ。他人に痰を吐きかけて平気な人が多すぎるよ。この国のマナーはいったいどうなってるの?」  わたしが続けると、奥村さんは、なるほど、とうなずいて、 「一つ学びました。わたしも気をつけないと」  と言った。 「奥村さんはそんなことしてないでしょ」 「どうかな。してるかもしれないよ……でも、原川さん、その筋で行くと、身近な大事な人に愚痴を言うことは、その人に痰を吐きかけているのと同じことになって、身近な大事な人にほど愚痴を言うことはできないことになるね」  奥村さんが考えながら言った言葉に、わたしはうなずいた。確かにそういうことになる。身近にいる大事な人にほど愚痴はついてはいけない。これはなかなか厳しいルールだろうか。どうだろうか。身近に大事な人などいないわたしにとっては、よく分からなかった。ま、カレシでもできたら分かるでしょ。その時の楽しみにしておこう。
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