第1章

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「当たり前のことをしただけです」 「そうね。でも、当たり前のことをするのは難しいからね」  この店のレギュラーのバイトさん達はみな、甲斐甲斐しく働いている。それは、おそらくは店長の人柄のせいなのかもしれない。もしもそうだとすれば、加工を取らなかったあの人自体を責めるわけにもいかないが、しかし、わたしは、やっぱり基本的には誰が上にいても、自分の仕事はきちんとやりたいと思った。ただ一方で、 「いや、本当に助かったよ。で、どうかな、この前のランチの件は? どこか行きたいお店があるなら、どこでもいいんだよ。夕飯だっていいんだ。本当に、ベトナム料理には興味ない?」  もしも、マネージャーのような人が店長だったら、今と同じテンションで働き続ける自信が持てないだろうというのも、偽らざる本心だった。 「今日で、そのエプロンともお別れね」  店長が、わたしの身につけている黄色いエプロンを見て、言った。  その日が、わたしの研修期間最後の日だった。  研修期間が終わったからと言って一人前になるわけではないけれど、少なくとも客からは、そのように見られる。もう新人とは見なされないということは、それだけ責任感を持つ必要があるということだ。そんなことを考えたわたしの顔がこわばっていたのだろう、店長はわたしをリラックスさせるように、微笑むと、 「人はできることしかできないのだから、背伸びしようとしないことよ」  と言ってくれた。  できることしかできないとしても、できることを増やすようにしたいとわたしは思う。そのためにどうすればいいかということを、背伸びせずに、ちゃんと地に足をつけて考えていきたい。まずはクレームにもっとうまく対処できるようになりたい、と思ったわたしは、会社が提供しているサービスの詳細を、もう一度おさらいすることにした。
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