第1章

7/45
前へ
/105ページ
次へ
 一体婦人には何が見えているかわからないのだけれど、とにかくそう主張してくる。三重線はともかくとしても、二重線ができているのは確かなので、もう一度お預かりすることになった。婦人は、 「三重線なんて信じられないわっ。もしも、消えなかったら弁償してもらうから!」  と目を三角にして、肩をそびやかして立ち去った。  翌日、店長と一緒になったので、その件について言うと、 「そうなのね。大変だったわね」  と労をねぎらってくれたあとに、それでも、 「いいのよ、あのお客様は」  そう言って、平然としていた。わたしは自分が怒鳴られたこともあって、全然良くなかったので、何がいいのか事情を聞きたかったけれど、その日は、朝から休む間もなく忙しくて、ついにその客のことを聞くことはできなかった。  その翌日のこと、やっぱり店長と一緒に店に入っていたときに、三重線のおばさんがやってきた。旦那さんだろうか、車いすの男性と一緒だった。 「先日は大変申し訳ありませんでした」  そう言って、店長が頭を下げるので、わたしも頭を下げるしかなかった。 「ちゃんと直ったの?」  婦人は居丈高(いたけだか)な様子である。  店長が例のズボンを見せると、そこには綺麗な一本のラインが引かれているだけだった。 「……まあ、いいようだけど、でも、三重線にされたことは忘れないからね。これから預けた物を受け取るたびにちゃんと見るから。この店は、信用できないわ」  ズボンを受け取った婦人は捨てゼリフを残して、立ち去った。わたしは、確かに二重線にしてしまったことは申し訳ないことだけれど、それはシステム上やむを得ないことだし、三重線には絶対になっていないのだから、あんな捨てゼリフを浴びるいわれはないと思ってムッとしたけれど、店長は特に気分を害したようでもなかった。 「あのお客様はね、福祉の仕事をなさっていて、あの通り、ご主人のお体もあまり自由が利く状態じゃなくて、ストレスを抱えていらっしゃるんだと思うの」  店長がそんなことを言ったけれど、わたしは全然納得行かなかった。仮にストレスを抱えていたとしても、それを他人に吐き出すような真似は大人として下品だし、福祉にたずさわっているならましてのことだと思ったからだ。店長はわたしの気持ちを読み取ったのか、
/105ページ

最初のコメントを投稿しよう!

16人が本棚に入れています
本棚に追加