第3章

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 好きなことを仕事にしている人はどのくらいいるのかな。十人に一人? それとも、百人に一人? もしかしたら、千人に一人くらい? そのどれだって、構わない。だって、わたしはその一人になるから。なれるかどうか、じゃなくて、なる。そうじゃなきゃ、生きている意味が無い。人生に意味が無いなんてことになったら、目も当てられない。  まあ、それでも、今すぐそうなれるわけじゃないってことは、昔、まだわたしが幼い頃、自転車に乗る練習をしたときから身に染みて分かっている。いくら、自転車に乗るって決めたって、実際に乗れるようになるためには、タイムラグがある。そのタイムラグをただ好きなことだけやって埋めるというわけに行かないのはシステムの問題だった。高校を卒業したわたしは、家庭の事情で働かなくてはいけなくて、そういうわけで、今 「原川さんは、何か意見はありませんか?」  制服姿で、工場の会議室の隅に座っているということだった。窓からは、秋空が見えて、午前の爽やかな光が、室内に入ってきていた。  今は月一の定例会議中だった。わたしが、勤めるクリーニング店のその業務に関して、集まった従業員たちが日頃気になったことを言う時間。 「半額割引券のことなんですけど、あれ、意味なさそうだから、やめた方が良くないですか?」  わたしは言った。  半額割引券というのは、店に顔を見せなくなった客を呼び寄せるためにまくエサだった。まれにしか来ない客をもう一度おびき寄せるために、「半額券が当選しました!」という葉書を送るのである。 「おいおい、意味がないってのは、どういうことだ?」  会議の実質的なリーダーである部長が言った。50代前半くらいのダンディーな彼は、社長を差し置いて、実質的な経営の舵取りをしているということだった。社長は何をしているかと言うと、いろいろと趣味に凝っているということだった。この頃はまっているのはミニ四駆というおもちゃらしい。 「だって、あれ送っても、全然来ませんもん。来たって、それ一回だけで、あと、来ないらしいじゃないですか。だったら、あげるだけ無駄じゃないですか?」  ふむ、と部長は押し黙った。
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