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保澄さんは同じ事務所の先輩で、女優志望の私に何かと目を掛けてくれている。駆け出しの私と違って仕事は多いんだけど、言うところの売れっ子ではなくて、どんな仕事でも受けるから自ずと忙しくなっているだけのようだ。いつだったか、お仕事が多くて羨ましいなぁみたいなことを言った私に「選べるうちが華だよ」と返したことがあった。分不相応な愚痴を軽く窘めてくれた形なのだが、遠いところを見遣っての独り言にも聞こえた。彼女にも彼女なりの憂鬱があるのだろう。
東名高速を移動中に、タンクローリーの横転事故に巻き込まれて筧菜純こと向山真澄が、生命との引き替えで視力と片脚を失ったのは五年前のことだった。十七歳の若さながら歌手としても女優としても次世代の期待を一身に集めていた中での悲劇であり、日本中に衝撃が走った。
真澄自身は、芸能活動が続けられる身体ではなくなり、筧菜純の引退もすぐに発表されたのだが、事務所をはじめテレビ業界やプロモーターは「筧菜純」の名前を簡単には捨てなかった。突然の悲劇によって夢を絶たれた歌姫の想いは、姉が引き継いでというシナリオが用意されたのである。六歳年上の保澄が筧菜緒としてデビューしたのには、そうした背景があってのことである。
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