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しかし姉妹とはいえ、保澄は真澄ではなかった。妹が見せた「稀有な才能」は妹だけのものであり、事務所は二年もしないうちに戦略の見直しを迫られた。そうして保澄はマイナーな事務所に移籍して、いまに至っている。
保澄には人気が出ないとわかった時点でフェードアウトする選択肢もあったが、彼女はそれを選ばなかった。「妹の想い」とは、事務所にしてみれば、耳あたりのいい形に整えられたキャッチフレーズで、現実の算盤勘定を前にすると毫末の重みも無かったのだが、保澄にとっては違った。
「お姉ちゃん、あんたのために頑張るから応援してね」
「今日はね、番組の収録があったんだよ」
「ほら、グラビアページで特集組んでもらったよ」
真澄の病室を訪れるたびに、保澄は活動のあれこれを報告した。姉の活躍が妹の心から絶望の雲を吹きはらうのなら、そのほとんどがデマカセだったとしても構わない、いつの頃からか、保澄はそんな割り切り方をするようになった。芸能界に居続けることは、筧菜緒が筧菜緒であるためだけでなく、向山保澄が向山保澄であるために必要な、悲しい嘘となっていたのである。
「真澄、あんなみたいに上手にはできないけど、お姉ちゃんだって前に進んでいるんだからね」
「うん、頑張ってね」
「カタツムリみたいでゴメンだけど、真澄の夢はあたしの夢だから」
「うん、わかってる、ありがとう」
姉はベッドの妹を抱きしめて幾度となくそうした会話を交わしていた。
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