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「助けない神様って何なの」
煙を吐ききって暫く、ヴィルヘルムは疑問を口にした。「助けないからいる」などといった男のいう神を、ヴィルヘルムは想像することができなかった。ヴィルヘルムにとって助けない神などといったものは、根底から異質なものにしか見えなかった。フィルターの焦げる匂いに少し顔をしかめつつ、吸い切った煙草を壁に押し付ける。
男は灰を自身のコート上にふるい落とし、暫くぼんやりと路地裏を見つめる。やがて言葉を見付けたかのように、男は低い声でポツポツと話し始める。
「神は平等だ。誰の頭上にも等しく存在する」
「うん」
「だからこそ、神はだれにも手を貸すことはない。誰にも贔屓せず、全ての物に恐ろしく平等に、ただ存在だけしている」
「見てるだけの神様?」
「そうだ」
ヴィルヘルムに少し遅れて、男も煙草を吸い終わる。フィルターの少し手前でもみ消された火の粉が、路上に焦げ跡を残してかき消えた。小さな灯が消え、路地裏が暗闇に包まれる。
「あんたの神様は無情なんだね」
「ヴィルの神は違うのか」
「俺の神様は、助けてくれたからね」
ヴィルヘルムの神様とは、自分を助ける存在そのものを指していた。誰も助けない神様ではなく、自分のための神様を、彼は持っていた。
ヴィルヘルムにとっては助けてくれるから神様なのであり、助けない神などといったものは、まさしく異質なものだった。前提が違うのだ。ヴィルヘルムの神様は頭上には存在しない。
「そろそろ帰らないと、一雨来そうだし」
帰るという単語が自身の口から当然のように出たことを、ヴィルヘルムはむずがゆく思った。もともとこの路地裏で座り込んでいたのは、自分の方だったのだ。誰にも助けてもらえず、霧の街の中、一人で座り込んでいたヴィルヘルムを拾ったのが、目の前の男だった。
「そうだな、帰るか」
男はヴィルヘルムの手を借りることなく、真っ直ぐに立ち上がる。傷を物ともせずまっすぐに立った彼の背中を、ヴィルヘルムは目を細めて見つめた。
ヴィルヘルムの「神様」は彼の目の前で、埃と泥と靴跡にまみれながら、真っ直ぐに歩き出していた。
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