ある恋のかたち

　その電話が誠司にかかってきたのは、彼が恋人を待っているときのことだった。快晴の秋空の下、綺麗に洗車した軽自動車の輝くボディに背を預け、誠司は今日のデートの行程を考えていた。恋人とドライブの予定なのである。景色を楽しみながら行くにはどの道を行けば良いか、昼に何を食べようか、夜はいつ頃までに家に帰すべきか、そんなことを取りとめなく考えているところだった。
　響く、携帯電話の着信メロディ。
　ディスプレイに現れたのは登録されていない、見覚えの無い番号である。
　誠司は無視した。
　切れるまで待つ。
　しかし、電話はしつこかった。
　もう一度かかってきたそれを受けることにした誠司の耳に、
「周防誠司さんの携帯電話ですか？」
　女の声がした。
　誠司が、はい、と答えると、それきり随分と長い間相手は黙っていた。たっぷりと10秒ほどの無言。いたずら電話か、あるいは新手の詐欺かと思って、切ろうかどうか迷っていると、
「わたし、東城奈津と言います」
　電話の向こうの女は覚えの無い名を出した。
　そのとき、誠司の視界にチェック柄のワンピースを身に付けた細身の女の子が入ってきた。恋人の沙耶である。彼女は手を振ると、しずしずと歩を進めてきた。
「二年前にあなたとお付き合いしていた東城今日子の妹です」
　とくん、と胸が鳴った。
　電話中であることに遠慮した沙耶が少し離れたところで立ち止まっていた。
「……あの？　もしもし？」
　一瞬我を忘れた誠司が、何の用なのか、と尋ね返した声の響きは冷たい調子を帯びた。
　しかし、返ってきた言葉はもっと冷たく固いものだった。
「姉が亡くなりました」
　ショックを受けなかったと言えばウソである。それどころか、思わず携帯電話を取り落とす所だった。とはいえ、目の前が真っ白になるほどの衝撃とまではいかなかった。「東城今日子」は二年前に別れて、それから一切連絡を取っていなかった人である。彼女の死に対して、悔やみの言葉を述べるだけの余裕はあった。
「葬儀に参列して頂きたいのですが」と女。
「オレが？」
「はい。是非」
「悪いけど今日はこれから用事があるし、君のお姉さんとは二年前に別れてそれっきりだ。そんな義理があるとは思えない」
「姉に会いに来てください」
　それきり言うと、もうそれ以上は話すことは無いと言わんばかりに、電話は一方的に切れた。
　所在なげに携帯を眺めていると、視線を感じた。見返した目に、沙耶の優しい瞳が見えた。誠司は助手席に沙耶を促したが、彼女は乗り込もうとしなかった。
「ドライブはいつでもできますから」
「オレの為に着る物を選んだ三時間を無駄にさせたくない」