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「もしあなたに結婚してもらいたかったら、自分からそう言ってるわ」
誠司の決心をよそに今日子は平然とそんなことを言った。
結婚相手は地元の市会議員の次男だということを告げて、彼女は夕食の席を立った。その足で実家に帰ったかのように、住んでいたアパートを綺麗に引き払ったことに気がついたのは翌日のことである。就いていた仕事も辞めていたらしい。納得が行くわけない誠司は彼女の実家まで押しかけた。今日と同じように高速道路を軽自動車で走って。
「しようがない人だな」
広大な敷地を持つ、重厚な日本家屋に怯むような余裕は誠司にはなかった。悪戯っ子を見る母親のような笑顔を浮かべて庭に立つ今日子に、スーツ姿の誠司は、この場で彼女の父母に会って、結婚の申し込みをする用意があると苛立ち交じりの声を出した。
「指輪の用意もある。もっとも君の指のサイズを忘れたから、どの指にはまるか分からない。最悪、はまらなかったらペンダントにして首から下げてくれればいい」
「それは次に現れるあなたのいい人にあげて。わたしはもらわない」
「今日子……」
「好きに解釈してくれていいわ。とにかく、あなたとは今日をもって会わないから。女の子みたいなことはしないでしょ、誠司?」
からかいを含んだ声に思わず激高した誠司は指輪の入った小箱を地面に叩きつけると、それ以上は「男らしく」何も言わず、東城邸を後にした。
それから一度も今日子には会っていなかった。地元名士の次男とやらとの結婚式へ招いてくれる招待状は来なかったし、だからといって映画でもあるまいしそこに乗り込んでやるような気も起こらなかった。
高速道路のパーキングエリアで車を停めた誠司は小休止を取った。
今日子と出会ったのは大学ニ年のときである。たまたま講義室で隣の席になった彼女を一目見たときの衝撃は今でも覚えている。一見してずっしりとした重量感を感じた。体自体はすらりとした細身のくせに、まるで実がいっぱいに詰まった果実のような重々しさが彼女にはあった。抱きあげたら潰されそうな、そんな感覚。
告白は彼女から。
「わたし、美しく生きたいの。あなたとならそれができる気がする」
全く意味が分からなかった。
「分からないのはわたしもおんなじ。……うーん、そうだな……それで納得できなかったら、教授を一心に見つめるあなたの横顔がステキだったからっていうことにしておいてもいいわ。要は一目ぼれだね」
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