ある恋のかたち

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 そう言って彼女は笑った。 「ま、とにかく付き合ってよ」  彼女は清々しいほど傲慢で自分勝手であった。およそ、繊細優美なものとは無縁の性格であり、大胆不敵。何事も自ら決めて、自ら行った。大学三年生のときのこと、唐突に彼女は住んでいたマンションを引き払うと、誠司の借りていた借家で同棲を始めた。と思えば、四年になったらある日勝手に出て行った。同じ会社に内定が決まったのに、一言の相談もせずにそれを蹴って一年間アルバイトの道を選んだ。デートの約束をキャンセルされることなどは日常茶飯事だった。それに耐えられたのだから今日子の男を見る目はかなり確かだと言えよう、と付き合っている当時、誠司はよく自嘲的に考えたものだった。  しかし、別れの話だけは許せなかった。付き合っていればこそ彼女の我がままを許せるのに、その付き合い自体をやめると言うのだから許しようがない。  許しようがなかったにせよ、去る者は日々に疎く、二年経ってさすがに今日子のことを忘れかけていた。沙耶という新しく付き合う子もできた。確かに今日子のことは可哀想に思う。誠司と同い年であれば彼女は二十六ということになり、若い身空で不憫である。しかし、それ以上何を思えというのだろうか。勝手に付き合いをやめ姿を消した女のことを今でも愛しているかと問われれば、疑問だった。  一つ心残りがあるとすれば、もう一度彼女を訪ねなかったことかもしれない。 ――いや、もう一度行っても同じだったろうな。  誠司は首を横に振った。それは自分を慰めるための言い訳ではなかった。 「美しく生きたいの」  告白に使われた言葉は彼女の口癖でもあった。短い人生、醜いことはしたくない。憎悪や嫉妬や悔恨や執着など、あらゆる負の感情から、それらの感情をもたらす人間的なしがらみから自由でいたい。よくそんなことを言っていた。ああいう別れ方も彼女の美学に沿ったものなのだろうか。だとすると、あの時を機にパッタリと会わなくなった誠司は彼女の期待に応えたわけだ。もう一度会いに行ったりなどしたら、返って蔑まれるだけだっただろう。  誠司は、二時間ほど高速道路を走ったのち、指定されたインターチェンジを下りて一般道に入り、国道をいくらか走ったあとでコンビニに車を止めた。電話をかけてみたが、遺族ということで忙しいのだろう、今日子の妹はすぐには電話に出なかった。少ししてあちらからかかってきた電話を誠司は取った。
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