ある恋のかたち

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 彼女が何に侵されていようが侵されていまいが、そんなことは誠司に何の影響も与えなかった。よし与えたにせよ、正直に伝えてくれれば、それまで通り過ごせていたはずだ。その自信がある。最大限好意的に解釈すれば、奈津の言う通り、誠司の負担になるのを避けようとしたと言えるかもしれない。しかしその気遣いは、ありていに言えば、有り難迷惑である。 「美しく生きたいのよ」  追憶の中の今日子の声が耳に響いた。  彼女は美しく生きたと言える。恋人を傲然とはねつけて、ひとり自分の人生に立ち向かった。病気に対しても愚痴一つこぼさなかったに違いない。自分を見る妹を悲しませないために、わざと明るく振舞うことさえしたのではないか。誠司には、容易にその様子が想像できた。そうして、死の間際になっても慌てず騒がず、粛粛と運命を受け入れたのである。 「あなたとならそれができる気がする」  ハンドルを握っている手に力が込められた。  彼女は美しく生きた。  では、翻って自分自身はどうか。 ――オレは美しかったか……?  夕闇の高速道路を中途半端なスピードで走りながら、誠司は考えを進めてみた。一度理不尽に別れを告げられただけでさらりと彼女から離れてしまった自分の行為は美しいものだっただろうか。仮に、あの日、東城邸で別れたのち、諦めずに何度も何度も今日子のもとを訪れてみたらどうだっただろう。しつこく事情を調べてみたら、今日子をさらってみせたら……。どうなっていただろうか。 ――今日子はそれを望んだか?  おそらく望まなかっただろう。しかし、それが何だ。彼女の気持ちが彼女のものであるなら、誠司の気持ちは誠司のものである。たとえ彼女が望まなかったにしても、それは誠司の気持ちとは関係ない。彼女がいくら美しい生き方を望んでもそんなものは無視してやれば良かった。誠司の流儀でやれば良かったのである。彼女が嫌がろうが何だろうが、 「お前の気持ちなんて関係ない!」  と傲然と撥ねつけてやれば良かった  誠司は奥歯をぎゅっと噛みしめた。  無性にスピードを出したい気分だった。  アパートの部屋の前に所在なげに立っていた沙耶を見て、大して驚かない自分に誠司は驚いていた。 「いつから待っていたんだ」  彼女を部屋に上げながら言うと、一時間ほどであると言う。  誠司が着替えている時に、沙耶はお茶を淹れてくれた。 「メールしてくれれば、いつ頃帰るか、知らせたのに」
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