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と言ってしまってから、沙耶が、元恋人の葬儀に参列して微妙な心持ちになっているであろう誠司に、いつ帰るのか、などという不躾を行うような子ではないことに気がついた。
「葬儀はいかがでしたか」
などと沙耶は問わない。代わりに、何か作りましょうか、と柔らかな声を出した。
空腹ではあったが何かを食べたい気分ではなかった。
沙耶は、誠司の横にちょこんと腰を下ろすと、空になった茶碗にお代りを注いだ。
「沙耶……」
「はい」
どうしてそんなことを訊きたくなったのか分からない。もしかしたら、沙耶が今日子に似ていたからかもしれない。ハッとした誠司は沙耶をまじまじと見た。外見こそまるで違うが、身にまとう雰囲気が良く似ていた。
「どうかしましたか?」
「沙耶は美しく生きたいと思うか?」
「美しく……?」
「ああ、綺麗に、綺麗にさ……何一つ醜い気持ちを持たないで生きて、それで死んでいくんだよ……」
胸に詰まるものがあって語尾が不明瞭になった。今日子に似ているなら出される答えも同じだろうと、どこかで分かっていた気がする。
沙耶は口元を綻ばせた。
誠司は顔を俯かせて目を閉じた。
今度はできるだろうか。いつか彼女と別れの岐路に立ったとき、強引に誠司の道へ導くことが。
ふわりと温もりに包まれた誠司は、どうやら沙耶に抱きしめられていることに気がついた。
「沙耶……?」
なめらかな腕に頭を抱かれながら誠司は声を落とした。
「美しく生きていければそれに越したことはないと思います。でも……」
「でも?」
「でも、わたしは醜くても生きていけると思うんです。もし、隣にいる誰かが、わたしのことを『綺麗だよ』って言い続けてくれるなら」
目頭が耐えられないほど熱くなって、溢れた涙が頬を伝う感触がした。誠司の喉から嗚咽が漏れた。
まるで今日子の声のように聞こえた。奈津が言った通り、今日子はもしかしたら自分を待っていたのかもしれない、と誠司は忽然と悟った。ある日、病室なり、実家の部屋なりを開けて誠司が彼女の元に来るのを期待していたのかもしれない。
「お前がどう考えていようが関係ない。お前はオレのものだ。オレのそばにいろ」
と誠司が言うのを待っていたのかもしれない。そんなセリフに対して、困ったように微笑する準備さえしていたことだろう。しかし、誠司はそれをさせてやれなかった。
今日子の期待に応えられる自分でありたかった。その想いに、涙が止まらなかった。
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