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先生と初めて会話を交わしたのは、大学2年生の冬だった。
幼い頃からピアノに触れてきた私の夢は有名なピアニストになることで、それなりに演奏に自信のあった私は、田舎町という狭い世界の中で優越感を感じていたが、それだけでは満足出来ずにもっと広い世界を見たいと思うようになった。両親にも背中を押してもらい、都会の音大に通う為にひとり上京した。だけど現実は甘くなく、音大には私以上の実力者なんてたくさんいて、いつしか私の特技だったピアノは、特技ではなくなっていた。楽譜を見ても憂鬱な気分にしかならなくて、それでもなんとか努力しようと朝から晩まで練習したけど、思うような結果も出ずに落胆した私は、今まで人生を共にしてきたピアノを嫌いになってしまった。ピアノを専攻していた私の居場所は、あっという間になくなってしまった。
そんな憂鬱な日々を送っていた頃、ピアノのテストが上手くいかずに不貞腐れていた私は大学の講堂でひとり考え事をしていた。いくら探してもここに居る理由が見つからず、途方に暮れていた時に先生と出会った。
「おい、もうここの鍵閉めるぞ」
『.........すみません、出ます』
「早く帰れよ」
素っ気なくそう言われ、重い腰を上げて席を立つ。入り口に向かう途 中、階段で足が縺れてその場に倒れ込んでしまった。膝を強打した上に、持っていたバッグの中身をぶちまけてしまった。何をするにも情けない自分にまたも落胆する。すると頭上から低い声がした。
「何してんだよドジ」
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