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先生の返答に、周りにいた何人かの生徒たちも祝福の言葉をかけていた。少し離れた場所にいる私からでも確認できた、左手の薬指に光るソレ。途端、私の中で何かが壊れる音がした。喉の奥がギュッと縮まるような息苦しさに、異常なほどにドクドクと心臓が脈打つ。先生が、結婚した。その紛れもない事実に、私の脳が嘘だ嘘だと言って信じようとしない。それなのに、涙腺が崩壊した様に涙がボロボロと溢れ出す。この姿を誰かに見られる前にと、急いで講堂を後にした。それを最後に、私が個人的に先生の元を訪れることはなくなり、そのまま卒業を迎えた。結局、私は夢だったピアニストになることもなく、一般企業に内定が決まりOLとして平凡な生活を送っていた。その当時はやはり先生の顔が浮かぶことは少なくなかったが、それも今となっては時間が解決してくれた。
昨日の事のように鮮明に蘇る記憶。
思い起こせば、あの時の私はまだまだ子供で、全てが独りよがりな行動だった。先生に恋人がいるかもしれないなんて考えもしなかったから。私の世界には先生と私の二人だけしかいないと思い込んでいた。それも懐かしいなんて思えるようになった頃に届いた一通ハガキには、同窓会開催のお知らせと書かれていた。淡い期待を膨らませ、出席に丸をつけてポストに投函した。
「元気だったか」
『...はい、先生もお元気そうで』
「そうでもねぇよ」
私の愛した先生が今、目の前にいる。ホラね、先生が私の視界に映るだけで世界がこんなにもキラキラして見える。こんなにも愛していたのに、私は貴方のことを忘れようとしていたんです。ほんと、馬鹿みたいに。
「今はなにしてるんだ」
『OLです、一般企業に勤めてます』
「そうか、」
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