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コウタの想い
「おはよう」
ああ、今朝も綺麗な笑顔だ。
昨日恋人と喧嘩をしていたのは知っている、頬に殴られたあとがあるから。もう別れれば良いのに、これが何回目の喧嘩なのだろう。そう思いながら目の前の綺麗な男の顔を見つめていたら、つっと一粒しずくが頬を伝った。
それを皮切りに、黒目勝ちの瞳いっぱいに決壊寸前までため込まれた涙が表面張力の限界を超える。涙は丸い粒になってぽろぽろと零れ落ちる。綺麗だ。朔也の泣き顔は本当に綺麗だ。
この泣き顔を見るためだけに、僕はここに居るのかもしれない。その涙を優しくすくいとる。くすぐったそうな顔をして朔也は微かに笑う。この笑顔を見るだけで優しい気持ちになれる。
「ちょっとした気の迷いってなんだよ……なあ、わからねえよな。コウタには理解できる?浮気とか、ねえよな」
少し問い詰めただけで、殴られたのだろう。けれど、このままじゃ駄目だよね。きちんと引くべき線は引かなきゃいけないよ。
「どうする?別れないの?」
僕の問いに朔也が少し悲しそうな顔をする。
「やっぱり別れた方が楽なのかな……」
「こうやって僕にいつも愚痴を言っているのに?そんな彼のどこがいいの?」
「お前だけだよ、俺の気持ちを分かってくれるのは」
「そう言いながら、また朔也はあいつの腕に抱かれて眠るのだね」
「また後でな、仕事行ってくるよ」
あんな男に見切りをつけて、僕だけを見て欲しい。僕ならいつでもそばにいて慰めてあげるのに、君を泣かせることもないのに。朔也は僕の気持ちには気づかない。このままいつまで経っても片思い。いつになったらこの想いに気が付いてもらえるのだろう。
「ねえ、早く帰ってきてね」
小さく声をかけると、朔也はこちらを一度振り向いて笑って手を振ってくれた。閉じられた扉に耳を付け遠くなっていく足音をただ聞いていた。
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