最愛の人

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最愛の人

 今日もいつものように白いドアが開いて、そこから顔を覗かせるであろう朔也を待つ。一日の半分は何も考えられない。寝ているのか起きているのか分からない時間が続いている。まだ動かない手足が気になる。僕はもう一度あの家に愛しい人と帰ることが出来るのだろうか。  「今日はこれを持ってきたんだ。お気に入りだっただろう、このブランケット。いつもベッドで引っ張って取り合いになって……」  朔也が絶対に僕には渡さないと言っていたブランケットを持ってきてくれた。朔也の匂いがする、安心する。ありがとうと伝えたいのに声が出ない。  「頼むからまた元気になって。お願いだから、また一緒に暮らしたいんだ」  また頬をはらはらと真珠の粒が転がり落ちる。最近、僕の顔を見るたびに泣いているのはなぜだろう?  「……独りは、嫌だ。早く元気になって、お願い」  朔也を置いてどこにも行けない、ずっと一緒だった。これからも変わらない、そのことを伝えたい。伝えたい想いと言葉があるのに声も出ないし、手足もぴくりとも動かない。  先生が入って来てそっと朔也の肩に手を置いた。その手に頬を付けるようにして朔也が目を閉じる。零れ落ちる真珠の粒は、先生の手の上に小さな水たまりを作った。  「大丈夫、彼を信じてあげなさい。きっと君の元に帰って来るから」  「ありがとうございます、よろしくお願いします」  「全力は尽くすよ、できるだけの事はする。医者としてそして君のためにも」  朔也の零した真珠の粒は先生の大きな手で拭い取られた。そして朔也のあの笑顔が見えた。ああ、僕がいなくても君の涙を受け止めてくれる人が出来たんだね。朔也はもう一人じゃないんだね。  先生、綺麗でしょう?朔也のその涙。
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