ならば、せめて、穏やかに。

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 嘘は、良くない。  嘘は、必ず誰かを傷付ける。  そういう意味では、あの医者は正直で良かった。  社会人になって五年目。切っ掛けは会社の健康診断だった。なにかの数値が異常に高かったのだ。すぐにでも再検査をしましょう、と医者から鬼気迫る勢いで言われたものだから、私は一周回って落ち着いてしまっていた。紙切れ一枚にアウトプットされた数値に振り回されるなんて馬鹿らしい。私の身体の調子は、二十七年間連れ添った私が一番よく分かっている。  そんな典型的な勘違いを、あの医者は理路整然と懇切丁寧に打ち砕いてくれた。  余命半年。  私が日常生活で気にかけていた、細かな症状までピタリと言い当てていき、最後に医者はそう宣告したのだ。反論も反証の余地もなく、私は言葉通り目の前が真っ白になった。  身体は、今まで通り思うままに動かせる。  それでも、数ヶ月したら、日常生活は送れなくなる。下手をしたら明日にでも倒れたっておかしくないというのが、医者の見解だった。  すぐにでも入院するべきだと言われたけれど、それで私の病気が治るのかと問えば、医者は押し黙ってしまった。どこまでも正直な医者だった。ベッドに横たわって長らえるぐらいなら、体が動くうちに好きなことをさせて欲しい。そんな私の希望を、医者は理解してくれたのだった。  死ぬまでに、終わらせておきたいことはたくさんある。苦手なコーヒーを飲み干す時間さえも、もったいない。  伝票を持って、会計をする。  店員は、ポイントカードを作りましょうかと訊ねてきた。大丈夫です、と私は断る。ポイントを貯めている人って、死とは縁遠いんだなと思った。  店員は、ポイントカードを作らせるノルマでもあるのか、残念そうにしていた。  ちょっと笑顔にさせようかと思って、私は言う。 「テーブルの上に置いてある千円札はチップなんで、もらっておいて下さい」  店員は、はい? と首を傾げて、怪訝そうに私を見るのだった。
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