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● ● ● ● ●  七月の真昼の太陽が、山の外人墓地を照らしている。  中心にそびえるオークの巨木。  おいしげる葉の合間に、ヤドリギがいくつもからみついている。  鳥の巣のように。  球状の檻のように。  木の根元では、一羽の黒ウサギが、毛の中に隠れた黒い眼を光らせていた。  チチチチチ……。  空から、ひとりの妖精がおりてくる。  白いロングドレスをひるがえし。背中でかがやく、トンボの形をした銀色の羽。  背丈は、クローバーの茎程度。顔つきは、中学生くらい。長いウエーブのかかった金髪。白い肌に映える青い瞳。ツツジのおしべのように細い手足。  その妖精は、人間の中学生の少女から「ヒメ」と呼ばれている。  ヒメは、黒ウサギの前におり立つと、くちびるをかみしめて、手の中のビンをさしだした。  ビンの中には、虹色の液体がたっぷりと入っていた。これはある場所から盗んできたもので、それはいけないことだと、ヒメも理解していた。  だが、しかたがないのだ。黒ウサギがこう言ったのだから。 ――おまえのきょうだいたちを救いたければ、チコリのビンを持ってこい――  チチチチチ……。  黒ウサギの両わきには、何人もの妖精たちが横たわり、羽をひくひくと動かしている。  妖精たちの羽には、虹色の針が何本もつき刺さっている。 「ごくろう」  黒ウサギの口元から、老婆の声がもれた。  と、ともに、ウサギの姿は、黒いモヤとなって、宙にかき消えた。  自分に何が起こったのか……ヒメにはよくわからない。  気づいたとき、ヒメはヤドリギの中にいた。  自分の羽にも、たくさんの虹色の針がつき刺さっている。  その針は、さらにヤドリギの檻の内側のいたるところから、トゲのようにとびだしていて、ヒメが身動きをすると、羽や体を刺すしくみになっていた。  チチチチチ……。  金色のやわらかな髪に顔をうずめて、ヒメは泣いた。 「助けて」という人間の言葉を、妖精は話せない。  チチチチチ……。  キンキンキン……。  チチチチチ……。  オークの枝の上空。ほかのヤドリギの内側からも、きょうだいたちの声がする。  小さく細くたよりなく。ただただ、助けを呼んでいる。 ● ● ● ● ●
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