神様のひだり手

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【1】 水晶をのぞきこむと、そこには人間界の様子が映しだされていた。  ――地球―― その星の住人はそう呼んでいる。 美しい星だなあ、とイデオは思った。 大地の風はしなやかに踊り、すべてに対し平等に舞う。太陽の光は強く優しく、すべてに対し平等に輝きをもたらしている。この天界にないものが、下界にはある。 イデオは水晶に手をかざし、念をおくった。日本という島を映しだす。さらに念を強めていく。四十七に区分された中の、一つの街にしぼっていく。 東京だ。さらに念をそそぐ。 映ったのは、二人の男女だった。 平良勇生(ひららいさお)平良千尋(ひららちひろ)。 去年の初秋に結婚をして、この夏、千尋は新しい愛を授かった。来週には、新しい生命がうぶ声をあげるのであろう。 イデオは平良夫妻を見て頬をゆるめた。 夫妻は心優しい男女だった。 夫の勇生は、千尋に最大限の愛情を注いでいた。他の女に心揺れることなどなかったし、仕事のぐちも妻には決していわなかった。 口にするのは、「愛している」という、人類が生み出した高尚な言の葉だった。 この言葉の凄みは、天界にいる我々にまで響いてくることだ。あたたかい気持ちにさせてくれる。 勇生は会社帰りに必ず神社に向かい、手を合わせ祈った。その心の内側をのぞくと、妻の千尋と新しい命の幸せを果てしなく願っていた。 そんな平良勇生をいつも見ているからこそ、イデオは平良夫妻に幸福の粉を毎日そそいでいた。もちろん、彼らにその粉は見えてはいないだろうが。 イデオは安産の神様だった。正確には、まだ見習いの神様だ。イデオの他にも多くの見習い神様がいる。 見習いとはいえ、しっかりと下界の様子をうかがっては、身ごもった男女がいれば、幸福の粉をそそぐかの判断に、思案をめぐらせていた。 「イデオ、大神様がお呼びだ」 使いの者が、イデオに声をかけた。 「かしこまりました」 イデオは水晶に手を触れて、透きとおった青へと色を戻した。立ち上がり、使いの者と、大神様のもとへと向かった。
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