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「検視は全て終了しました。事件性はありません。ご主人の死因は、心筋梗塞です」
結城は亡くなった男性の妻である女性を呼び、検視結果を端的に告げた。
ベッドに横たわる男性には、浴衣を着せてタオルを掛けている。僅かながらできる配慮だった。
井上と柏倉は、神妙な顔つきで押し入れの前に正座している。
「心筋梗塞……別に持病もなかったのに……血圧が少し高いくらいで……」
「心筋梗塞は、持病がなくても起こり得ります。兆候もなく本当に突然起こることがあるんです」
淡々と、真実を告げていった。
「……何で?何でなの、お父さん」
ベッドの近くまで歩み寄った女性が呟く。
「この人、去年定年退職したばかりなんですよ。子どもたちも独立したし、これから夫婦二人でたくさん旅行に行こうって、約束したのに……」
夫婦仲が良かったのであろう。今後の夫婦二人の老後を、楽しみにしていたはずだ。
無念さが伝わってくる。女性の目には涙が溜まっていた。
「そうだったんですか……」
掛ける言葉が見当たらない。“お気の毒に”だとか、そんなことを軽々しくは言えない。気の利いた優しい言葉を掛けてあげられないことに、結城はもどかしさを感じていた。
「本当にね、昨日も特段何もない普通の1日でした。だからね、信じられないの」
亡くなったことを受け入れられない気持ちはわかる。あまりに突然だったのだ。
いつも“おはよう”などと言って起きてくるはずの夫が、起きてこなかったのだから。
「……でもね、不思議だけど主人の最後の言葉は覚えているの」
「……最後に、何と?」
そこで初めて、女性は少し眉毛を下げて微笑んだ。
「……この人、毎日晩酌するの。安いさきいかを食べて、それで何時間も飲んでるの。昨日も同じだった。さきいかをつまみに、日本酒を飲んでた。
それで、私がお風呂から上がって寝るときに、まだ居間で飲んでた主人が言ってきたのよ。
“さきいかがなくなったから、明日買ってきて”って……」
結城は、女性から目をそらさず話を聞いた。
悲しかった。あまりに“普通”な、その言葉が悲しかった。
「笑っちゃうわ。最後の言葉が、“さきいか”なんて。
ねぇ、お父さん。子どもたちにも、笑われちゃうわ……」
笑いながら、女性は涙を溢した。
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