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「…そうですね、恵比寿さんは投薬治療と並行してカウンセリングを受けられた方が良いかもしれません。今日もこの後、男性のカウンセラーでよろしければ空きがありますが、どうされますか?」 主治医となった先生の言葉に、よろしくお願いしますと返答する。 ――私、恵比寿 彩乃(25)は高校時代から人間不信に苛まれていた。 普段のコミュニケーションに問題があるわけではないのだが、体調の悪い時や極度のストレスを抱えてしまうと、『この人は自分を利用しているのではないか』とか、『本当は自分の事が嫌いなのではないか』などと相手への疑惑の感情が出る。 それは相手との親密度の深さに関わらず、家族を含め誰に対しても不信感を抱いてしまうという厄介な症状だった。 この症状のせいで仕事で揉め事を起こしてしまい、職場の上司からの提案もあって心療内科への受診を検討し始めたのが一週間前のこと。 自分には縁遠い場所だと思っていたが、近年心療内科を受診している人の数は増えているというネットの記事に勇気づけられ、今日の診察を決めた。 これがきっかけでこの症状が改善されるのならありがたい限りだ。前向きに自分を鼓舞しながら勇気を出して向かった近所のクリニックだったが、主治医の先生がとても丁寧に私の話を聞いてくれたことでほっと胸を撫でおろす。 診察を終えた後、受付の人に案内されたカウンセリングルームのドアをノックする。 するとすぐに中からどうぞという若い男性の声が聞こえてきて、一つ深呼吸をしてから扉を開けて中に入った。 部屋の中は思ったよりも広く、4畳くらいの大きさだろうか。壁に備え付けられた小さなラックには本や書類の束が綺麗に整頓されており、その中央でパソコンを操作していた黒髪の青年がゆっくりと表をあげて口を開く。 「初めまして、カウンセラーの五十嵐です。ええと、恵比寿彩乃さん、ですね……って」 そこには、私の人生最大のトラウマ要因が居座っていた。
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