雨傘の涙

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雨傘の涙

「遅くなってごめん」  ご主人様はそうおっしゃって、私の中に恋人を招き入れました。  曇天から降り注ぐ雨は激しさを増し、私の身体をざあざあと打ち付けます。  大きく広げた私の腕の下で、ご主人様と恋人は寄り添って歩きだします。そのお身体が濡れないようにお守りするのが私の役目でございます。  全長九十センチ、ワンプッシュ式、骨組みは強固な十六本仕立て。  直径百二十センチの大きな雨避けの生地は丈夫なポリエステルで張られた逸品。  熟練の職人の手で丁寧に生み出されたことが、私の誇りでございます。  今、私を掲げ恋人を雨から守るご主人様は、本当に素晴らしい方でございます。  ご覧ください。  今も雨粒から恋人を守ろうと、空いた手で彼女の肩を抱き私の中に誘いました。ご主人様の肩はすでに濡れ、それでも愛する人を守るために私を掲げ続けておられるのです。  大切な人を守るために使われることは、傘の本懐でございます。私は感動に身を震わせながら降り注ぐ雫を受け止め、ふたりをお守りしました。  信号にさしかかった折、ご主人様は不意に恋人を強く抱きしめられました。 「響子、俺と結婚してくれ!」  なんと、ご主人様は私の作り上げた空間の中で、愛する人にプロポーズをしてくださったのでございます。  そして、恋人は涙を流しながらご主人様の婚礼の言葉を受け入れたのです。  これほどに喜ばしいことは、この世に生を受けてこのかた一度も味わったことがありません。  私は睦み合う彼らを喧騒から遠ざけるように包み込み、生地をうつ雨粒でメロディを奏で、いつまでもおふたりを祝福し続けました。
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