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心と体が一致しない。その不安定な感情に何度も吐き気を催しながら輝流は声を上げた。
「駈っ! 助けて……っ!」
普段使われることのない裏口へと通じる廊下は静まり返り、輝流の悲痛な叫びを呑み込んでは静寂に変える。
窓の外はすっかり暗くなり、廊下に灯る照明の光が青白く二人を照らすばかりだった。
「やだ、やだ! 離してっ!」
「はぁ……いい匂いだ。堪らない……」
野宮家では異端者である晴也だが、狼一族の血を引くことに変わりはない。彼は輝流の前でその本当の姿を現しつつあった。
黒かった瞳は血のような赤に変わり、輝流の手首には長い爪が食い込んでいた。
涎を溢れさせながら開いた唇の両端には牙が見え隠れし、浅ましい獣と化していた。
(これが野宮家の血統なのか……っ)
同じ血を受け継いだ輝流自身、いずれはこうなってしまうのかと戦慄した。
恐怖と不安に全身が震え始める。
「叔父様……いやっ。離してっ! いやぁぁぁぁっ!」
目を瞑り声を限りに叫んだ時、ふっと輝流は自身の手が自由になるのを感じた。
冷たい大理石の床に崩れるようにして座り込んだ輝流は、震える手で口元を覆ったまま動けなくなっていた。
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