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 極度のストレスからか、やや過呼吸気味になったまま恐る恐る薄目を開けてみると、鏡の様に磨かれた大理石の床に硬い靴音が響いた。  その足音が輝流のすぐそばでピタリと止まった。 「――晴也さま。ここをどこかとお間違えではありませんか? ここは神聖な学校であり、貴方がペットと戯れるドッグランではありませんよ。このような場所で欲情するとは、どこまではしたないお方ですか」  強烈な畏怖を秘め、それでいて凛とした低い声に、輝流はこれ以上ない安心感を覚えた。  傍らに立っていたのは輝流が最も信頼をおく男――駈だったからだ。 「貴様……。どうしてここにいる!」  牙を剥き出して叫ぶ晴也に対し、至って表情を変えない彼は呆れたように小さくため息をつきながら答えた。 「輝流さまのお迎えに参りました。主の叫び声に急いで来てみれば……。貴方も野宮の血を継いだ方ならお分かりでしょう。稀有な狼一族の血を守るとはいえ、近親間の交わりは禁忌とされていることを」 「くそっ! 同族でもないくせに偉そうなことを言いやがって! それになぜ、貴様のような執事風情にあの会社を乗っ取られなきゃならないんだ。あれは兄貴の資産だ。お前のモノじゃないっ」 「お言葉を返すようですが、乗っ取ったわけではありませんよ。私は旦那様のご遺志を継いだまでです。弁護士立ち合いで書かれていた遺言状、貴方もその目でご覧になったはずです。むしろ、貴方にお任せしていたら……と思うとゾッとします」  抑揚なく言い放った駈は輝流を腕の中に抱き込むようにして立たせると、晴也を睨みつけた。  その目はどこまでも冷酷で、何者をも寄せ付けない畏怖さえ感じられた。  人当たりの良い、優し気な笑みを浮かべる駈はどこにも見当たらなかった。  駈の腕に抱き込まれ、濃紺のスーツの上着に頬を埋めた輝流は、ふわりと香る香水の匂いに発火しそうなほど体が熱くなるのを感じて、ガタガタと身を震わせた。それは恐怖や不安からくる震えでは決してなかった。
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