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 縋るようにして、皺になるほどジャケットを強く掴んでいる輝流に気が付いた駈は、それまでの晴也の凶行を許すことは出来なかったが、早々に引き揚げた方がいいと判断し、あえて晴也に分かるように白々しくため息をつきながらも敬意を払った。 「――では、これで失礼いたします。今日の事はここだけのお話に留めておきます。今後、輝流さまに手を出すようなことがあれば、こちらの独断で法的措置を取らせていただきます」 「なにぃ! そいつは俺の甥だぞっ。他人のお前にとやかく言われる筋合いはない」 「他人でも、私はあなたとは違う……。彼も私とは違うようにね」 「なんだと……っ」  牙を剥き出したまま憤怒する晴也を横目に歩き出した駈は、輝流の背に回した手に力を込めた。 「――大丈夫ですか? 輝流さま」 「駈……。怖かった……。俺、変だ……Ωの匂いがするって。熱い……体が、熱い……っ」 「急いでお邸に戻りましょう。すぐに楽にして差し上げます」  輝流を気遣いながらも足早に歩み、裏口の扉を開け放って数段の階段を下りる。外灯が照らす近くの駐車スペースに待機させていた車に素早く乗り込むと、駈は運転手に鋭い声でマイク越しに伝えた。 「至急、邸へお願いします!」 「わかりました」  普段は冷静な駈が声を荒らげたことで、運転手にも緊急性が伝わったようだ。  短い返事を返した後でアクセルを踏み込み、巧みなハンドルさばきで車をUターンさせ構内を横切ると、メイン道路へと向かった。  自らの膝を枕代わりにし、輝流の体を横たえた駈は上着のポケットから取り出したスマートフォンでアドレスを呼び出すと、迷うことなく発信ボタンを押した。  数回のコールの後で相手が電話に出てくれたことにホッと胸を撫で下ろした。 「――駈です。予期していたことが起こりました。今、邸へと向かっています」 『そうか……。安心していい。あとは私が取り仕切る』  掠れてはいるが強い意志のある声に駈はふっと口元を綻ばせた。  今は野宮家の留守を預かり、邸にいるであろう父親に、駈は執事長として的確な指示を出した。
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