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時に兄のように、父のように慕ってくれた輝流が脳裏にチラつき、今まで築いてきた信頼関係が音を立てて崩れていきそうで怖かったからだ。
自分はずっとこの時を待ち続けていた。でも、彼は何も知らずに目の前に突き付けられた運命を受け入れなければならない。まだ幼い輝流の事だ。そう簡単に現実を受け入れるとは思えない。
離れることが出来なくなってから、話すことも触れることも、ましてキスも出来なくなるなんて事は駈にとって耐えられない事だった。それは安易に予想出来ていたことなのに、覚悟だって十七年前に決めたはずなのに。
「輝流……」
耳元で愛しい者の名を呼ぶ。その声に応えるように長い睫毛が震え、潤んだ栗色の瞳が期待を込めて見つめ返す。
「駈……」
甘えた声で名を呼ぶたびに、駈を誘うかのように甘い香りがぶわりと匂い立つ。その香りは輝流のフェロモンそのもの。それに抗えるαはまずいない。
αとΩ――番うために出逢う運命の性。
今、この発情期に交わることを逃せば、次の発情期がいつ訪れるのか分からない。三ヶ月周期が一般的ではあるが、輝流の場合は普通のΩとは違っている。
特異な体質で生まれた彼は、この時期だけΩになる。発情期が終われば元のαに戻ってしまうのだ。
そうなると妊娠率は格段に低下する。α同士のカップルが子を成しにくいという結果が学会でも立証されているというのは頷ける。
焦ることは何もない。だが、駈はこれ以上輝流を危険に晒したくなかった。
幼い頃からいたずら目的で晴也に部屋に連れ込まれるのを何度も目にしてきた。
そして今日の事件は、起こるべくして起きた事だと言えよう。もし、輝流が両方の性を持つ特異体質であることが晴也に知れれば、利用しようと企むことは間違いない。
それによって、この野宮家を乗っ取られる可能性はある。この血を絶やさずにすることが隼刀との約束だった。
人間であって人間でない。獣であって獣でない。どっちつかずの人外である野宮の血は駈と輝流が守っていくしかないのだ。
「――十七年、待っていたんだよ。俺のモノになってくれるか?」
「駈……。早く、欲しい……。お前の精子……頂戴っ」
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