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「行ってらっしゃいませ」  恭しく玄関前に並び頭を下げる使用人に見送られ、車に乗り込んだ野宮(のみや)輝流(ひかる)は、あとから乗り込んできた執事である日野(ひの)(かける)を見上げて言った。  輝流は栗色の髪と勝ち気な茶色い瞳が印象的で、細身ではあるが身体能力は優れている。高校の制服である紺色のブレザーが良く似合っている。 「今日は図書館に寄りたいから遅くなるかも」 「では、裏門でお待ちしておりますよ」  濃紺のスーツに落ち着いたデザインのネクタイを合わせ、きちんとセットされた黒髪に野性的な光を宿す黒い瞳が笑みと共に細められる。  隣に座る輝流に優しく微笑んだ駈は、本来であれば彼の両親に仕えるべき者だった。  しかし、三年前――輝流が中学二年生の時に交通事故でこの世を去った。  野宮家は国内有数の資産家としてその名を知られ、父親である隼刀(はやと)が祖父から引き継いだ事業も世界に目を向けたものへと拡大しようとした矢先の出来事だった。  野宮家の主を失った今、後継者は一人息子である輝流しかいない。しかし、まだ高校生の身である彼に、父が切り盛りしていた事業を引き継ぐことは困難であるが故、輝流が幼い頃からこの家の執事として仕えている駈に一任した。  彼は二十七歳という若さでありながら執事という枠を超え、十分すぎるほどに実業家としての手腕を発揮している。それは、いずれ会社のトップに立つであろう輝流のために地盤を固めるためでもあった。 「駈だって忙しいのに、そんなワガママは言えない。終わったら電話するから」 「いえ……。輝流さまの身に何かあれば、亡くなった旦那様たちに顔向け出来ません」 「どんだけ責任感。駈って、ホントに真面目だよね?」  今は輝流の身の回りの世話だけでなく、時には父親代わりにもなっている駈。  野宮家の全てを把握している人物と言っても過言ではない。  代々続く野宮家は、実は国内でも稀有な狼の血を引き、その血は今や絶滅したと言い伝えられている。公にはされてはいないが、純血統の血を継ぐのは輝流ただ一人だという事。
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