1.彼女が消えた日

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 知り合いは私立中学へ行く。まだ受験すら行われていないけど、彼女なら受かるだろう。私と違って、元々勉強ができるうえに週に四日も塾に通っている。  私立中学の何が良いのか私は知らない。公立中学のこともわからないけれど。  中学生に――大人になりたくないな。  会計を終えて、本屋から出る。  日射しが痛くて、暑い。夏だ。この夏休みを終えると小学生最後の年の2/3を消費したことになる。 「あっ」  しばらく商店街を歩いていると、顔を青くして息を切らしている知り合いの姿が見えた。 「と、時子……!」  思わず、声を掛けた。自分の大きな声に驚き、柄でもない行動をしたことに気付く。 「けい?」  知り合い――時子も少し驚いた表情をして立ち止まった。  私は決まりの悪い顔で駆け寄る。 「何やってんの?」  時子は困った表情をする。 「ちょっと急いでいるから、ごめん」 「急いでる?」  私は怪訝な表情に変わる。本当だったら時子は今、塾に向かっているはずだ。終業式前に夏期講習で夏休みがほとんどないと嘆いていた。  それに塾はこことは逆の方向にある。 「それってどういう」  私は時子の腕を掴もうとする。  すると、咄嗟に振り払われた。 「急がないと! お母さんが!」  切羽詰まった表情でそう言われて、私は呆気に取られた。  声を上げた時子はすぐに申し訳な表情に変わり、足早に去っていった。  私はそれをただ見ることしか出来なかった。  じわじわと怒りのようなものが湧いてくる。珍しく声を掛けてやったのに、と心の中で毒づく。  滅多なことをするもんじゃないとも思った。  ムカムカとした気持ちのまま、家に着く。  暑さのせいもあるんだろうか。歩いてれば気が晴れると思っていたのに、全然そんなことはなかった。 「あっ、計野(はかりの)ちゃん」  声を掛けてきたのはおばさん――時子の母親だ。優しく「今、帰ってきたの?」と頬笑む。 「おばさん……?」  私は目を丸くする。さっきまで血相を変えて去っていった時子は何だったんだろう、と。  おばさんは私の表情に首を傾げる。 「さっき時子に会ったんです。商店街で」  恐る恐る、私はおばさんにそう話す。 「おばさんのこと探してて」  さっきの出来事を思い出しながら、視線をコンクリートの地面に向けた。  今まで気にならなかった蝉の声がやけに煩く耳に響く。
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