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再び気が付くと、手を握られている感触があった。握り返すと、その手は一瞬戸惑い、倍の力で握り返してくる。
「あなた」
見慣れた目尻のしわが眼前に飛び込んできた。瞼いっぱいに涙を溜めるその女が妻だということに気が付くまで、そう時間はかからなかった。
「親父」
反対側からのぞきこむのは、息子だ。こちらも涙をたたえている。
「あなた、わかる? 講堂で突然倒れたのよ。信者さんが救急車を呼んでくださって……気が付いてよかった」
そんなことはどうでもいい。
死神の言葉を書き残さねばならない。ペンを……
「……ペン、を……」
握りしめられていないほうの手を差し伸べるが、ふたりには伝わらない。
ああ、やっとすべてを理解したというのに。私の神にようやく会えたというのに。
私は間違っていなかった。正しかったのだ。光には真実などない。真実は常に闇の中に。
自分の腕から力が抜けるのがわかった。もう瞼を開けていられない。
私は再び、暗闇へと落ちていった。
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