空白の彼女

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着信を知らせる音が鳴り響いて動かしていた手を止めて画面を確認すると彼が設定した顔文字付きで[奏]と表示されていた。 通話ボタンを押すなり声が聞こえて来て奏がどうして焦っていたのか頭の片隅で少し考えるけれどそんなに深く考える間も無く思いつく理由は1つだけだった。 「あいつとは会ってないよな?」 あの日から何度も聞かれるのはきっと直紀が私の過去を全て知っているからだろう。 たった1人の人物を忘れることも思い出にすることもできず長い日々を過ごして来た。 「会うも何もずっとこの家にいるんだからどこにも行けないよ。会う気もないから安心して。せっかく奏をキチンと好きになってもうすぐ結婚するのにそんなこと言われると悲しいよ。」 電話口でいかにも寂しそうな声を上げて伝えれば少し安心したのか顔を見ていないにもかかわらずホッとしているのがわかった。 「・・・今日は静香の手料理が食べたい。」 少し間を開けて今夜の献立のリクエストがやってくる。 「わかった。奏の好きなもの作って待ってるから仕事頑張ってね。」 お願いを了承したところで電話口の後ろから奏のマネージャーさんの声が聞こえた。案の定仕事の合間に無理矢理電話して来たらしい。 「マネージャーが呼んでるから行くわ。夕飯、楽しみにしてる。」 そこで通話は途切れて静寂がやってくる。 なんで… 「なんであの日同窓会に行ったんだろう。」 胸に残るわずかな後悔をあえて口に出して音にすると罪の意識も少しは晴れた気がした。 でも、あくまで『気がした』だけ。 あの夜、彼に抱かれてほんの少しだけ帰りたかったあの日に戻ったような気がした。
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