選んだわけじゃない

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震える静香を抱きしめて静香が涙をこぼすたびに優しく拭って言葉をかけた。 「大丈夫。」 「もうひとりぼっちになることなんてないよ。」 「俺がずっとそばにいるから。」 「泣くなよ…。」 どんな言葉を投げかけて一度は収まる涙もしばらくすればまた溢れてくる。その度に飽きることなく何度も繰り返し愛の言葉を紡いだ。 気持ちが落ち着いた静香か眠りについた頃には空が白み始めていた。その姿を見て安心して目を閉じて眠りにつく。眠っている間に静香が離れて行ってしまわぬように優しく、だけど振りほどけないように強く抱きしめながら。 * 左手に温かさを感じて目を覚ましす。静香が伸ばされた手の甲に触れるだけのキスを繰り返していた。 「・・・何してるの?」 「ひゃっ!?…あ、奏。おはよう。」 後ろからわざと耳に息を吹きかけるようにして声をかけると可愛い悲鳴が漏れた。返してくれた返事の声色は眠る前のような恐怖や怯えを感じ取ることはなくて心の中で安堵する。 「うん、おはよう。静香のキスが余りにも優しくてくすぐったいから目が覚めちゃったよ。」 ちょっと意地悪な言葉を言いつつ俺の腕に包まれたままの静香の身体をくるりと反転させて正面から向き合う。そのまま静香がしていたように左手にキスをする。 「今日、役所に婚姻届を提出しに行くことに同意してくれますか?」 返される返事が怖くて、だけど何も聞かずにいるのはもっと怖くて不安だからあえていつもとは違った口調で聞く。Yesが貰えたらもちろん嬉しい。だけど、Noと言われたら… 「ごめんなさい、結婚する覚悟も奏と一生一緒に過ごす覚悟も全部できているのに…。 今はまだ出来ない……。」 それが静香の心からの正直な答えなのだろう。長い付き合いの中で静香が嘘をつくのが下手くそなのは分かっている。だからしっかりとした口調で話せている今は静香が伝えてくれた言葉に嘘はない。 「………そっか…。ううん、俺の方こそ急に焦ってごめん。」
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