選んだわけじゃない

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それ以上、なにを言ったら良いのか分からなかった。こうゆうとき、自分は小説家でもあると言うのに実際に他人の気持ちを汲むことはなかなか上手に出来ないのだなと痛感させられる。 小説はあくまでフィクションで書くことがほとんどで、それが恋愛小説であっても女性の気持ちも男性の気持ちもそれは俺の中の空想の物語の中だから相手の気持ちを上手に汲むことが出来る。 「流石に婚約してすぐに結婚は急ぎすぎたな、ごめん。でも1つだけお願いさせて。その指輪はなにがあっても絶対に外さないで欲しい。」 婚約という言葉に体を震えさせた静香に気づかないふりをしてさらに嘘を重ねる。静香のおでこにキスを落として顔を除けば分かった、と返事が返ってきて身体に腕を回して抱きついてきた。 「ありがとう。……しばらくの間、ヤマさんと編集部の人にはこの部屋に来るのを遠慮してもらおうか。今は静香とゆっくり過ごしたい気分だから仕事はあまり入れないように言っておくよ。」 「ううん、私のことは気にせずにお仕事頑張って?もしかしたら結婚がすぐ近くなってきてマリッジブルーになってるだけかもしれないし、大丈夫。気にしないで?」 早く仕事に行ってとでも言うように向けられた背中に手を伸ばして捕まえる。何も言わないのは肯定している証拠だ。 やっと見てもらえたから、君の瞳に僕を写してもらえたから、手放すことなんて出来るわけない。 「今日は早めに帰ってくるようにするよ。だから、寝ないで待っていてくれると嬉しい。」 返事を待つことなくアッシュブラウンの髪を撫で部屋から出た。今日ほど憂鬱で幸せな気分の日はないだろう。タイミングよくかかってきたヤマさんからの電話に出てエレベーターのボタンを押す。 あの状態の静香がしばらく家から出られなくなることは短いながらも今までの付き合いの中で理解している。だから、指輪を外さないでほしいと告げたし早く仕事を終わらせて静香をこの手に抱きたい。 *** 静香がハウスキーパーとして身の回りの世話をしてくれるようになり、心の壁も少し取り払われてきた頃。 「え、デート?なんで?」 奏は手に持っていた人気テーマパークのペアチケットを思わず握りつぶしてしまいそうになった。 「えっと…ぉ……俺たち、付き合ってるんだからたまにはデートくらいしようかなと…思いまして…」
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