選んだわけじゃない

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「私、今日初めてあなたを知ったけどこの短時間でファンになりましたからってさ…。覚えてないってことは静香にとってはどうってことない事だったのかもしれないけどまだ駆け出して芸能界で自分のあり方を知らなかった俺にとっては凄く救われた言葉だったんだよ。それからずっと探してたんだよ。」 芸能を仕事にしてる人にとってファンは宝物だって言葉があるけれど本当にその通りだと思う。仕事でヘマやらかしてすっごく落ち込んでもたった一人でも支えてくれる、励ましてくれるファンがいるだけでまた頑張ろうって思える。 「もう一度あのスタジオに行って君に出会えたら感謝とお礼をしようって思ってたのにスタッフさんに聞いたら辞めたって聞いて焦った。それは無意識のうちにあのスタジオに行けばまた会えるって恩人の子と仲良くなれるって、そりゃあ下心もあったかも知れないけど、でも…今はこんなに静香を好きになった。」 ぐちゃぐちゃで上手くまとめられないけどこれが精一杯の気持ちの伝え方だった。 「ね、だから逃げないで。ようやく探していた思い人の側にいれるんだから同情でもいいから俺の気持ちを受け入れてほしい。」 静香と目を合わせて子供に言い聞かせるみたいに甘い言葉で囲って、離したくない。 「あの……、」 君を拒絶したアイツなんかより絶対に幸せにしてみせる。 *** それからキチンとしたおつきあいを始めてプロポーズして静香は時間をかけてだけど気持ちを受け入れてくれた。だから昔話として聞いてた静香が凄く好きだった人のいるかも知れない同窓会の案内が来た時迷わず一緒についていくって決めた。 まさかプロポーズを受け入れてくれた静香がまだアイツに未練があるなんて思わなかったよ。 昼食を済ませて一人でのんびり食後のコーヒーを飲んでいたら静香の携帯が鳴った。 「携帯、鳴ってるよー!電話じゃ…な……、」 声をかけようとしてやめる。画面に表示された《シュウ》の文字を見てアイツが静香と繋がっていることを知って真っ黒な感情に支配されそうになる。 「奏、何か言ったー?」 キッキンから静香の声が聞こえてハッとする。大丈夫、このまま何も言わなければきっと大丈夫。そう自分に言い聞かせて「なんでもないよ。」と返す。 鳴り止まない携帯を手にとってそっと電源を落とした。
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