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奏のゆったりとした口調が鼻に付く。自分の婚約者を寝取った相手を目の前にしているにも関わらずまるで全て勝ち誇ったかのような顔がいけ好かない。
「突然来たとと思ったら…。何も私にまで静香のふりをして呼び出す必要なかったんじゃないの?」
「意味はあるよ。さぁ、絵梨も席について。3人で仲良く昔話と種明かしでもしようじゃないか。
ね、竹松 秀哉くん。」
絵梨が立ち上がって付けっ放しのテレビを消す。そのままバックを手に持って部屋を出て行こうとするので慌てて止めた。
「貴方達は当事者でも私は違うの。竹松に静香の連絡先や何か情報を教えて欲しいって言われただけの情報提供者よ。これからはじま話が種明かしでもなんでも構わないけど部外者の私にその話を全て聞く権利は無いわ。」
一切こちらを見ることなく言いたいことを言うだけ言って絵梨は部屋から出て行った。奏も絵梨に関しては何も言わない。
「君は今も静香を愛しているのか?」
お互いに話を切り出すわけでも睨み合うわけでもない沈黙を破ったのは奏だった。その言葉に視線を扉から奏に向ける。部屋に入ってきたときの変装は解いていた。
「僕と静香が出会い過ごした時間は静香が君を想って泣いた時間には到底及ばない。それはきっとこれからも変わらないと思うんだ。だけど、それでも今静香は僕を選んでくれた。それがどういう意味なのか君は理解しているのかい?それとも…」
「今の俺は昔とは違う。汚いやり方だって罵られようとも静香を思う気持ちは本物だって思っているしきちんと、っ!」
愛してる
その言葉を奏の目の前で堂々ということが出来たらどれだけ良かっただろう。自分自身の気持ちは決まっているのに相手の気持ちがわからないとこんなにも臆病になってしまうものなのか。
奏の言葉を遮って自分の気持ちを話す。すると奏は合わせていた視線を逸らして悲しげに笑った。
「愛してる……ね。
やっぱり静香をキミが現れる可能性のある同窓会に行かせたのは間違いだったみたいだ。そうすれば静香の心がまたキミの元へ帰ることも僕たちが衝突することもなかったはずなのに。」
ふふっと奏はまた小さく笑い席から立ち上がった。
「きちんと話し合うんじゃなかったのか?」
部屋を出ようとしている隙間、何も教えてくれなそうな背中に声をかけた。だけど奏はひらひらと手を振るだけで何も返事を返す事なく去っていった。
突然現れて秀哉の気持ちを確認しに来ただけのように振舞っていたその行動の意味はきっといつまでも分からないままなんだろう。
話すべき相手がいなくなってしまっては自分もどうしようもないので鞄と伝票をもってから奏と同じく部屋を後にした。
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