夢で逢いましょう

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「お客様は肌がとても白いのでやっぱり純白のドレスが映えますね!あ、でも寒色系好きとおっしゃっていたので水色や青も似合いそうですね。」 「・・・・・」 「お客様?…静香様?」 店員に何度か声をかけられてようやく静香がハッとして顔を上げた。奏はそれをソファに座ってもう何度も見ている。 結婚を決めてくれたことは嬉しい。本当にとても、とても嬉しい。だけど、ここ数日の間ずっと静香は心ここに在らずと言った顔をすることが増えてきた。 何を考えているのか大方予想は出来なくもないがそれが当たっているとも思いたくない。 やっと静香の未来を一緒に歩く権利を得たのだ。そう簡単に手放してたまるものか。 「あ、ごめんなさい。その…こんな素敵なドレスを着るのは初めてなので少し緊張してしまったみたいです。お恥ずかしいところをお見せしてしまいました…。」 「女性にとって結婚式はある意味で男性よりも特別なものになる事が多いです。一生に一度の晴れ舞台できるドレスですもの。旦那様も素敵な方ですのでお二人の姿が一番輝けるように私達スタッフもお手伝いさせていただきます。それでは次は静香様が気になさってたこちらのドレスを_______」 店員に連れられて静香はまたカーテンの奥に向かっていった。それをじっと見つめて見送る。 籍は静香から提案があった時点ですぐに入れた。ヤマさんに頼んで業界関係者にも手回し済み、同行の友人にも話をしてある。 その次に俺の両親に婚約者の紹介。もともとニュースや定期的にとっていた親との連絡でなんとなくは伝えていたが直接実家に出向いて挨拶をしてきた。次は静香の両親に…ってところで静香は自分の両親と会いたくないと言って聞かなかった。 もう二度と関わりたくない者だからと。 まぁそんなことは些細なことだ。こちらとしては念願叶ってできる結婚なのだから。 問題は最近の静香の態度だ。基本的にはいつも通りだし変わったことは何もないように思える。だけど、ふとした時に母を見つめて何か考えているようなそぶりを見せる。 割と最近思い当たるような出来事があった身としてはイヤな心当たりが無いわけではないけど出来ればそれはノーであって欲しいと願う。 「素敵な奥様ですね、羨ましい限りです。」 カーテンの奥を見ながら考え事をしていたらいつも間にか男のスタッフが後ろに立っていた。チラリと名札に目をやれば[ISHII]と書かれていた。こーゆー場所の名札はローマ字で書いてあるもんなのか、洒落てんな。 「ありがとうございます。これでも長年の片思い実らせてようやくこぎつけた結婚なんです。喜びもひとしおですよ。」 何かと思うところはあれど、だ。それを聞いたイシイさんは何か少し考えるよう表情をした。聞いておきながら返事無しかよと心の中で悪態を吐く。 「個人的な意見をしましょう。竹松秀哉を知る者としてはあなたが彼女を捕まえておいてくれてホッとしましたよ。人様のモノに手を出すのは世間的に良くないですからね。 俺も秀哉に忠告はしたんですけど聞き入れてくれなかったので様なので心配していたんですよ。」 耳に入った言葉に驚いてもう一度視線を隣に立つスタッフに向けた。彼は特にこちらを見ることなくまっすぐに前を向いたままだ。 「お前はアイツの知り合いか?」 「幼馴染みたいなもんですよ。だから昔秀哉が彼女にした事も知っていますしまぁ、大体の事情も存じ上げてるつもりですよ。 だから、彼の友人として発言するならば秀哉をダメにしないためにも富松の事をしっかり捕まえておいてください。」 「言われなくてもそのつもりだよ。そちらこそ、せいぜい友人関係が壊れないように気をつけるんだな。」 イシイがニッと笑みを浮かべたところでカーテンの開く音がした。お待たせしました〜と明るい女性スタッフの声が聞こえて、先ほどとは別の薄い水色のウェディングドレスを着た静香が出てきた。 「ど、どうかな?少し露出が多い気がしてるんだけど…」 恥ずかしそうに視線を彷徨わせる静香が可愛くて、思わずソファから立ち上がりその姿を腕に閉じ込めた。周りからキャーッと黄色い歓声が聞こえるような気がしたがこの際気にする事はない。 「そう?どうしたの、急に。そんなに強く抱きしめたらドレスが…。」 顔を真っ赤にして腕の中から逃げようとする静香の唇に人差し指を置いて黙るように諭す。 「すごく、綺麗だよ。露出なんて気にしなくてもいい。静香が一番似合う、素敵なドレスを着てくれなきゃ意味がないんだから。」 この仕事をしていて始めてこんなにも文字書きである事を呪ったことはないかも知れない。 本当に溢れるこの気持ちはそう簡単に書き表せなくて自分自身が嫌になってしまいそうだ。
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