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「飲み足りなかったわけじゃないんだけどちょっとね。1人で飲みたい気分になってさ、えっと…」
まずい。うまい言い訳が何一つ出てこない!
うっかり富松のことが気になって後をつけるようにして同じホテルに泊まっちゃいました☆てへぺろ!
なんてバレた日には俺の中できっと何かが死んでしまう。
「そっか、そういう時もあるよね。気にしないで。」
そっと視線を移すと彼女は優しく笑ってそれ以上詮索するつもりはないみたいだった。昔ならきっとこうは行かなかっただろうに…大人になったもんだ。
「それじゃあ私行くね?久しぶりに顔も見れたし少しだけどちゃんと話せてよかったよ。ありがとう。」
話題につまり彼女は踵を返す。振り返る時、見えてしまった鎖骨の外側に付けられた赤い鬱血痕。髪の毛をアップにしていた同窓会では見なかったはずだから付けられたとすればその後、この数時間の間に付けられたことになる。
「あのさ!」
1人で先にエレベーターに乗ろうとした彼女を追いかけて声をかける。振り向いた彼女の顔を除けばすっぴんなのか子供時と全く変わらない幼い顔をした彼女がいた。
「よかったら付き合ってくれない?1人で飲むのもつまらないし、久しぶりの再会なんだからもう少し話そうよ。」優しく笑って彼女を誘い込む。
「でも…」と漏らすその声を無視してタイミングよく着いたエスカレーターに2人で乗り込む。
「お互い大人なんだからさ、間違うことなんてないから安心して。富松は飲まなくていいし俺のくだらない飲み話につきあってくれるだけでいいから。」
繋いだ右手に少しだけ力を込めた。もう少しと願いを込めて。富松はまた少し悩んだ後俺を見つめて分かった、と返してくれた。
そのわずかな信頼をすぐに壊すことになるんだけども彼女はまだそれを知らない。25階と表示されたフロアに降りて自分が泊まる部屋に富松を招き入れる。後ろからオートロックの鍵が閉まる音が聞こえた。
「お、お邪魔します?」
なぜか疑問形で部屋に入る富松に笑いをこらえながら備え付けの冷蔵庫から水を取り出して渡す。
富松がそれを受け取り口に含んだのを確認してから俺も口を開いた。
「なぁ、お前って結婚してんの?」
富松本人からは見えないうなじから覗くキスマークを見つけた時から広がっていった胸の中で渦巻く真っ黒なその感情は既に体全体に広がっていてもう止められそうになかった。
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