忘却のプレリュード

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とにかく、そのままもう一度横になろうとする身体を無理矢理動かし、真っ暗闇の中、跳ね上がるように布団を抜け出し玄関へと向かう。 そして何かを思い切り蹴飛ばした。 足の小指に当たったらしい。 突き抜けるような痛覚に、言葉にならない声を挙げその場に踞る。 漆黒の中微かに見渡したワンルームは、随分と散らかっていた。 脱ぎ捨てた衣服。 最近購入した旅行雑誌。 いつのものか分からない週刊誌。 あまり聞かない音楽CD。 それら全てが散乱していた。 酔い潰れていたのだろうか。 記憶に深い靄が掛かっているせいで、上手く思い出せない。 しかし、小指の痛みで意識は完全に覚醒した。 私は様々なものを踏まないように、玄関を目指す。 鍵は、施錠されていた。 そしてそのまま照明を付ける。 瞬く間に視界から闇は消え去った。 光の前に闇は無力だ。 為す術もなくその姿を消失させざるを得ない。 霞む瞳を明瞭にすべく、今度は洗面所へ。 随分と目が痛い。 そして痒い。 コンタクトレンズさえ外さずに眠ってしまったのか。 どうりで目が腫れているわけだ。 次からは飲酒量をしっかりわきまえよう。 後になって悔やみたくはないから。 失敗から学ぶことが人生に於いて最も重要である。 己を省みる事が出来なければ進歩も、進化もあり得はしない。 遥か古の時より、生物は、ヒトはそうやって移ろう環境に適応し続けてきたのだ。 多少大袈裟ではあるが、勿論、私も。 蛇口を捻り、流れる水を手で掬う。 そのまま水を顔に打ち付ける。 心地良い冷たさが火照った身体を解す。 よし、すっきりした。
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