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「指示、してくださいよ」
「もういいから。帰って。斉木さんに直接コンタクトとるから」
席に座り、データ原稿を見つめていると、男子が私の席の隣に立った。
背はどれぐらいの高さなんだろう。
わたしよりはるかに高いんだろうな。
そんなのんきなことを考えているとは思わないだろう、男子は、すまなさそうな顔をしていた。
「せっかくこちらに来たからには、仕事をしないで帰るわけにはいかないですよ。それにたくさんの原稿の束ですよね。斉木の代わりになるかわからないですが、やらせてもらえませんか」
りりしい眉毛に、二重からのぞく、まじりっけのない力のある瞳はわたしの心にずしんと響く。
「……しかたないわね。パソコンはできる?」
「高校のときから今までパソコンを使っていたんで、大丈夫です」
「それなら、お願いしても、いい?」
「はい。ぜひよろしくお願いします」
男子はペコリと頭をさげる。
わたしが斉木さん用に用意した向かいの席に案内する。
パソコンを起動している最中、データ入力に関する決まりごとを教えた。
男子は持ってきたカバンからメモ帳とペンを取り出し、サラサラと書き込みはじめた。
「じゃあ、お願いね」
「わかりました」
パソコンが立ち上がり、わたしは自分の席に戻り、仕事を再開した。
軽やかにキーボードを叩く音がする。いつもはわたしの手元からしか聞こえてこない音が妙に心地いい。
「あ、あの、しゃ、社長、入力終わりました」
1時間くらいして向かいの席から声がした。『社長』という言葉に、一体誰に話しかけているんだろうと思ったけれど、自分のことだったとわかると、何だか照れくさくなった。
「え、もう終わったの?」
立ちあがり、男子の席へ行く。すでに入力された原稿が横に積んであった。
男子はニコリと笑いながらうなずいている。
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