恋は忘れた頃に

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メーラーを立ち上げ、先ほど電話があった会社からのメールを確認して、返信した。 机の上に転がる、万年筆を目にした。 この万年筆を送ってくれた、あの人は今頃、何をしてるんだろう。 「好きなヤツができた」 そう言い残し、わたしのもとへ去っていった、あの人のことを。 仕事も順調、恋も順調だった、20代。 すべてがうまく流れるように進み、自分自身も周りもキラキラと輝いてみえた。 「これ、誕生祝い。どういうもの贈ったらいいかわからなくて」 「ありがとう。大切にする」 納品が済むと必ず大人の雰囲気を大切にするレストランへ誘ってくれていた。 5歳年上で直属の上司の裕介。 いつも仕事の相談に乗ってくれるやさしい男性だった。 仕事が夜遅くなっても同じ時間を共有してくれていることから、いつもそばにいてくれた人を好きになるのに時間はかからなかった。 つきあって初めての年の誕生日にプレゼントをもらった。 細長い箱なので、ネックレスかと思いきや、中から現れたのは、シンプルな黒い色の万年筆だった。 最初はうまく使いこなせなかったけれど、仕事が増えるにつれ、万年筆に見合うスケジュール帳を購入し書きこむようになってからようやく手になじむようになった。 書きこんでいる姿を裕介にのぞきこまれ、使ってくれてるんだとうれしそうにほほ笑んでくれた。 その姿に、仕事の疲れも吹っ飛んでしまうぐらい、安らぎを与えてくれた。
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