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「ねぇ、ママ。この人間すごい凶悪な顔してるよ」
「あらほんと。お腹が痛いのかしらね」
誰が凶悪な顔だ、コラ。しかめっ面で厚さ30㎝のガラス越しに幼い魚人とその親を睨んだ。
俺は見世物にされていた。
奴らが“人間館”と言った施設に移されて3日。
館長が言ったとおりに、部下たちとは離れ離れで、一人に一つのガラス張りの空気槽(空気で満たされた水槽、とでもいえばいいか)に閉じ込められた。
もちろんここは空気はあるが、ガラスの外は建物の中とはいえ海中である。勿論密室だ(じゃないと海水でおぼれ死ぬ)。
ちなみに飼育員が海中と空気槽を出入りする時は、その間にある小部屋で脱水や注水を行い、空気槽に水が入らないようになっている。
客の魚人たちは建物の中を泳ぎながら、等間隔に並べられた空気槽に入った人間を観察する仕組みらしい。
しかし、魚人たちがこの施設を作ったかと思えばそうではない。海中にある大抵の建物は人間が作ったものを再利用しているらしい。人間館も例外じゃない。
そして俺はこの人間館のつくりに、非常に見覚えがあった。
「――元々は水族館じゃねぇか」
数少ない娯楽施設だが、陸上には今だにある。水族館とは水槽に展示された魚たちを人間が鑑賞する施設だ。俺も小さい頃にはよく行った。
それが海中に没して、今度は魚人が人間を観察する施設になった。つまり、人間館とは見る者と見られるものが逆転した施設ということになる。とんだ皮肉である。
さて、水族館のコンセプトは『種の保存・生物の生態教育・環境調査・レクリエーション』だが、人間館もそのコンセプトを受け継いでいるらしい。
レクリエーションというのは、水族館でいうイルカやアシカのショーだが、館長の口ぶりだとこれを人間にもやらせるらしい。
何考えてるんだあの男。
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