通り雨の夜の後

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 近堂は全身水浸しであることも忘れてその明かりを見つめた。時刻は二十二時半。友達との飲み会は意外にも早く終わったらしい。一気に心がふわりと上がる。そのまま部屋に押しかけてしまいたいくらいだったけれど、ふと我に返る。この時間に突然上がり込まれても先輩は困るだけだろう。近堂は大人しく自宅へ帰ることにした。  スマートフォンの点滅に気がついたのはシャワーを浴びた後だった。相山先輩、と表示された名前に心臓が大げさなくらい跳ねる。 『起きてる?』 『はい。飲み会楽しかったですか?』 『ちょっと飲み足りない』 『今から行ってもいいですか?』 『どうぞー』  にやけてしまいそうになるのをどうにか堪えて、近堂は立ち上がった。少し悩んで、家にあったクッキーを持っていくことにする。先輩は酒を飲みながらお菓子を食べていることが多い。それも、つい最近知ったことだった。 「失礼します」 「おー」  こんな雨では聞こえないだろうが、一応控えめにノックをしてドアを開ける。先輩はアルコールに強い体質だ。一緒に飲んでいても顔色一つ変えず、泥酔した姿など見たことがない。その先輩が、顔を赤く染めていた。相当飲んで来たのだろう。 「よかったら、どうぞ」 「あ、旨いよなこれ」  差し出したクッキーを受け取り、早速頬張る姿は非常に可愛らしいが目に毒だった。楽しい気分なようで、いつもより口数が多く、心なしか目も潤んで見える。何故か今日の先輩はいつものようにサッカーの配信を見ようと言い出すことはなく、パソコンに映る画面はバラエティーの深夜番組を垂れ流している。近堂はさして興味のない番組を必死で見つめた。酔った先輩の破壊力は想像を遙かに超えていた。雨と生温い暑さでじっとりとした空気が流れているのも良くない。必死に逸らしたはずの視界の隅、白い首筋を伝う汗を捉えてしまった近堂は意識を余所に持っていこうと必死だった。 「あの、そろそろ、俺……」  既に二十四時を回っていた。缶チューハイは空になり、先輩の瞼も重くなっているのが見ていて分かる。うとうとと今にも舟を漕ぎそうな姿に、近堂は腰を上げた。今が潮時だった。空き缶を手繰り寄せ、散らばったゴミを集めようとしたとき、何かが聞こえた。それは小さな声だった。思わず聞き返した近堂の耳に今度こそ届いたのは、とんでもない台詞だった。 「だから――泊まっていく?」
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