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翌朝、麻那が目覚めると、それはもう麻耶ではなかった。麻耶の胸からめり込んだ足は、麻耶の心に入り込み、麻耶を乗っ取ったのだった。
「さあ、仕事へ行かなきゃね。あの人がいる病院へ。」
麻耶ではない麻耶は、腕に抱いた日本人形に話しかけた。日本人形の着物の裾からのぞく足には、足首から先がない。麻耶と人形は同じ微笑みを口元に浮かべ、玄関を出て行った。
※
半年後、あの不動産はアパートを探しに来たお客と話していた。
「その部屋ね、お安くなってますよ。いや事故物件って程じゃないんですよ。ただ、このアパートが建つ前、古い家が建っていましてね…。」
「え?前の人がなんで出たかって?そうそう。前の人はね、結婚して出たんだよ。病院の事務員さんだったんだけど、お医者さんとね、結婚して。玉の輿だよねえ。」
玉の輿だと言いながら、不動産屋は、知らず知らずに顔をしかめていた。麻那が最後に部屋の鍵を返しに来た時の事を思い出したのだ。
(真っ直ぐな黒い髪に真っ白な顔。まるで別人みたいになって…。薄気味悪い日本人形みたいだったな…。でもまあ、そのことは別に言わなくてもいいだろ…。)
「中、見てみます?」
不動産屋は鍵を手に立ち上がった。
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