最終章 二人で歩む道

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 最後のデザートに進むまでも無く、当然のことながら勝負は見えていた。ラアナはホリーの料理だけを心待ちにしていて、目の前の料理とは思えない程、精巧に美しく盛り付けられた料理の数々を見ようともしない。  自信を持って料理人を推挙した貴族達は顔を真っ赤にして震えていた。  彼等の前に並べたホリーの料理は、悲しいけれど一口も食べては貰えなかった。  最後のデザートは、ロルフが試食に試食を重ねてくれた最上のカボチャプティング。より滑らかで舌の上で蕩けるように工夫を凝らしたプティングを、ラアナは一口食べるなり頰を押さえてうっとりと目を閉じた。 「美味しい……」  首都からの旅の疲れが少しでも癒えれば、と考え抜いただけに、ラアナの安心しきった柔らかな笑顔がホリーにとって一番の褒美となった。  判定は聞くまでも無いが、異議を申し立てようとする親戚に、ラアナは美しい手をかざしてやんわりと制した。 「貴方達の料理人が作り上げた料理は素晴らしいわ。確かに火の国の軍師しか召し上がれないような最上の品よ。誰もが絶賛するわ。貴方は素晴らしい料理人よ」  料理人に貴族達が八つ当たりするのを制す、見事な采配だった。誇らしげに料理人は頭を下げて去って行く。  ホリーと目が合うと、ホリーにも頭を下げて、 「狼王の嫁御と戦う事が出来て光栄です」 「は、はい、ありがとうございました!」  なんと答えたら良いか分からなかったが、料理人は満足そうに微笑んで自国に帰って行った。 「どれほど豪華な料理が並んでも、私にとってのご馳走は、私の為だけに考え抜かれたものなの」  それから、ラアナは静かに自らの事を話してくれた。  火の国の出身であるラアナが生まれた所は砂漠地帯。食べ物どころか飲み水にも事欠くような所で暮らしていた事。 「オアシスは年々減少していくのに、人は増えていく。この国では信じられないでしょうけど、水の利権を争って軍人でも無い平民が粗末な武器で命の取り合いになるの。水が無ければ、死んでしまうから」  ラアナは小さな部族同士が争い、共に滅びていくのを見ながら生きてきた。  幼いラアナが思った事は、ただ一つ。 「どうしたら、家族を守れるか。それだけだったわ。幼い弟妹達は何時もお腹を空かせて、私はあの子達に自分の食事を分けたわ」  そんな事をしていれば、見る間に衰えていく事は必然。それでもラアナは衰えを家族に隠して、幼い弟妹達の為に己の空腹を凌ぎ続けた。 「ある日、母にこっそり呼ばれたの」  何時も弟妹達に囲まれているラアナが一人になるのを見計らって、こっそりと台所の片隅に座るように言われた。 「これは全部、あなたが食べなさい、ご馳走よって準備してくれたのは、鶏肉と生姜のお粥だったわ。とっても美味しかった。鶏肉なんて、筋の固い年寄りの鳥だったのに。今でも世界一美味しいお粥だわ。それは、母が私の為だけに用意してくれたご馳走だったの」  ラアナは空っぽになったポトフの器を持ち上げた。 「まだ器が温かいわ。ホリーは私が寒がりだって知っているから温かいものを食べさせてくれた。カボチャのプディングだって、前に食べさせて貰ったのよりもっと美味しかったわ。前のだって美味しくて、私、クラウスの分を貰っちゃったの。ホリーったらとっても怖い顔で怒ったのよ」  思わず笑っているのは、クラウスと同じく卒業し、救助隊員となる頼もしい仲間達だった。 「ねえ、ホリー。ホリーはどうしてこんなに美味しいプティングを作ってくれたのかしら」  ラアナの言葉に真剣に耳を傾けていた皆の視線が急にホリーに集まって、思わず肩を縮めてしまう。  隣に居てくれたクラウスが背中をさすってくれたので、何とか答える事が出来た。 「しょ……ゴホン。そ、それは、ラアナ様が同じ国内とは言え、丸一日もかかる首都からいらっしゃるので、少しでも疲れが癒えたら良いな、と思って……」 「私だけの為ね。嬉しいわ、ありがとう。大好きよ、私の可愛いお友達」 「ラアナ様……」  優しい笑顔をホリーに向けて、ラアナは直ぐに親戚達と向き合った。 「ホリーは私が友達でなくても、魔導師ではなくて、ただのラアナでも、私の為の料理を支度してくれるわ。例え、自分の糧を削る事になっても。そういう子なの」  立ち上がったラアナが呪文を唱え始めると、親戚達は完全に逃げ腰になった。 「私、クラウスがホリーを好きになるのは当然だと思うわ。だって、こんなにあたたかい人に、私は初めて出会ったもの。二人を、心から祝福するわ」  ふわ、とラアナが軽く手を振り上げると、ホリーとクラウスの周りは柔らかな香りを振りまく美しい白い花で覆い尽くされた。 「おめでとう、ホリー」 「ありがとうございます、ラアナ様……」  必死で泣いてしまいそうなのを堪えていると、ラアナの美しい指先でぺちんと額を叩かれた。 「もう。クラウスと結婚するなら、貴方と私、身分の垣根なんて無くなる筈よ? 今度ラアナ様なんて呼んだら、クラウスを消し炭にしてやるから」  慌ててホリーは必死になってクラウスを背中に庇った。 「ど、どうしてクラウスさんを?」 「だって。私より先に様から解放されたのよ? ずるいわ」 「そ、そんな理由で人を消し炭にしちゃダメです!」 「平気よ。ちゃんと戻してあげるわ」 「そういう問題じゃありません! ラアナさ……」  ホリーは顔を真っ赤にして必死で「ま」を飲み込んだ。 「はい、もう一度?」 「ら、ラアナ……」 「ああ! 大好きよ、ホリー! 私の可愛いお友達!」  ラアナは周りの目などお構い無しでホリーを力いっぱい抱きしめてくれた。憤っていた親戚も、ラアナ相手に怒鳴りつける度胸など無い。  着飾った娘共々、すごすごと会場から出て行ってしまった。 (いつか、認めてくれるかしら……)  ホリーはラアナにぎゅうぎゅう抱きしめられて目を白黒させながら、寂しい背中を見送っていた。
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