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ホリー渾身の応援がクラウスの力となったのか、瞬く間にフォルクを追い詰めたクラウスが試合に勝利した。
その瞬間から、ホリーはとても忙しくなる。内緒で見に来ていたのだから、食事の仕込みも何もしていない。
「おめでとうございます、ホリーさん!」
「ありがとうございます、パウラさん! あの、私、急いで戻りますね! お祝いの支度をしなくちゃ。ナタリアちゃん、ジャン君、ウィル君、また会いましょうね。ぜひ遊びにいらして下さいね」
「うん! ホリーおねえちゃん、ばいばーい! またねー!」
元気いっぱいのナタリアと一緒に手を振るジャンとウィルにも手を振って、ホリーは会場の出口が混み合う前に急いで出て行った。
実はこれがとても良い判断だった事を、ホリーは知らない。クラウスの試合中に「メイド上がりのクラウス様に相応しく無い婚約者」の正体を知った令嬢達が試合後にホリーの元に向かおうとしていたのだ。
試合後の混雑にモタモタしている内にホリーを見失い、事情を察したアルフやベルント、それにジャンとウィルの暗躍で会場に取り残される形になった令嬢達はハンカチを噛んで悔しがるしか無かった。
そんな裏事情はつゆ知らず、ホリーの頭の中はクラウスの好物レシピでいっぱい。
先ずは、ジャガイモのガレット。ジャガイモを細かく細切りにして、水で溶いた小麦粉に絡めてカリカリに焼き上げる。それにチーズをたっぷり削って、ハムをこれまた贅沢にたっぷり。
本当は卵を入れると更に美味しいのだが、今日のデザートはクラウスの大好物、カスタードプディングにする予定なので卵の代わりにチーズをたっぷり目にする。
それにソーセージとジャガイモ、玉ネギを炒めてちょっと濃いめに塩を振ってお腹が大満足するジャガイモの炒め物に、肉や油物続きなのであっさりとほうれん草を茹でたものにレモンをメインにしたドレッシングをかけて口をさっぱりさせた後は疲れた体に優しいクリーミーなスープ。
献立の一部を考えただけでも食材が足りないので猛スピードで買い物を終えたホリーは、アーニャにも荷運びを手伝って貰って、早速料理に取りかかろうとした。
「ダメよ、アーニャ。このソーセージは私が作った物じゃないから、香辛料がいっぱい入っているの。アーニャの体には毒なのよ?」
「キュゥン……」
美味しそうな匂いがするのだろう。アーニャはお買い物袋の匂いをしきりに嗅いで、ホリーが最も弱いおねだり顔で切なく鼻を鳴らす。
「だ、ダメ!」
「クゥン……」
必死で精神の戦いに勝ったホリーは、切なく鳴くアーニャに背中を向けてジャガイモをゴロゴロ炒め始めたが、しばらくするとまた、後ろをウロウロする気配を感じた。
「だ、ダメなのよ、アーニャ! このソーセージはダメ! それに、このお料理は玉ネギも入ってるから……」
人には甘くてシャキシャキで美味しい玉ネギも狼や犬には毒になってしまう。
以前、下ごしらえをしたまま目を離した隙に、アーニャが玉ネギ入りのひき肉団子を食べてしまった時は大騒ぎ。
ぐったりしているアーニャを抱えてオロオロしているホリーを押しのけたクラウスは、自分の手が傷付く事も構わずにアーニャの口に手を突っ込んで食べてしまった物を吐かせて、二人で獣医のグレイス先生の所へ駆け込んで事なきを得た。
その時の診察でこりたアーニャは、グレイス先生を見ると反射的に震えてしまうようになった程、命の瀬戸際だった。
だから、どんなに可愛くてもホリーがキチンと叱って止めなければいけない。大事なお友達の為なのだから。
でも、おねだり顔のアーニャは本当にもう途轍もなく可愛い。普段だって可愛いのに、そこに何倍も何倍も上乗せされて、見ただけでホリーなど心臓をやられて死にそうになる。
困った時の、クラウス頼み。「ふん!」とホリーは気合を入れて振り返りざまに言ってやった。
「また、クラウスさんにうんと叱って貰うわよ!」
前回もロルフそっくりの気迫を纏ったクラウスに散々怒られてシュンとしていたのだ。これは効き目があるはずだ。
「クゥン……」
「キュン……」
だが、ホリーの気合など消し飛んだ。背後にいたのは、だいぶ大きくなったがまだまだ甘え盛りの弟狼達。
アーニャそっくりの可愛い上目遣いのダブル攻撃に、ホリーは二連発で心臓を撃ち抜かれてしまった。これは即死系攻撃だ。危険過ぎる。
「はうう! だ、だめなんでしゅからね……」
「「キューン……」」
「しょんなかわいいかおしたって、だ、だだだだだめなんでしゅう! あ、アーニャ! お願い、この子達を安全な所へ〜!」
もう耐えられなくて必死で助けを呼ぶと、怒られて不機嫌だったアーニャも渋々やってきて母狼と手分けして咥えて運び出してくれた。
でも、ちょっと前は簡単に首根っこを掴まれて運ばれていた弟くん達も、咥えるのに苦労するようになった。
まだ甘えん坊のままだが、最近は小さい獲物を捕まえてホリーに持って来てくれる。ご飯のお礼のつもりだろうが、たまにまだ元気に飛び跳ねるバッタを離したりするので、アーニャが捕まえてくれたりする。
もうそろそろ、山に帰って狼の群れの中で生きるようになるだろう。そう考えると、とても寂しい。
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