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でも、ルナはクラウスの相棒なのだから、この先もずっと一緒にいられるのだ。
それにしてもルナの成長振りは目を見張るばかり。一匹抜きん出てしっかり者のお姉さんだ。
あんなに大きなナハトにも勇敢に立ち向かい、堂々と渡り合った。可愛い上に格好良いなんてクラウスと一緒で反則過ぎる。
(それに、クラウスさんとのお出かけスタイルがまた可愛いのよね!)
以前、ホリーが編んであげたピンクのショールが殊更お気に入りのようで、毎日クラウスにねだって可愛く身につけてくれている。
クラウスが不器用なせいで紐が縦結びでもご機嫌だ。
寒くないようにとクラウスがコートの前を開けてルナの顔だけ出せるようにして包んで行くので、ちょこんと可愛い狼のブローチを付けているみたいになる。
「グルル……」
「え? あ。いけない! 焦げちゃう!」
ついついルナの可愛さに思いを馳せてしまい、ちょっとジャガイモが焦げてしまった。こんな物をクラウスに食べさせる訳にはいかないので、ホリーはこっそり焦げた所だけつまみ食いした。
「ありがとう、アーニャ」
ホリーは香ばし過ぎるジャガイモをモグモグしながら、弟狼達がちゃんと離れているのを確認して、保存庫から小さいソーセージを取り出した。
「これ、アーニャが食べても大丈夫なソーセージよ。こっそり作っておいたの。弟くん達には内緒ね?」
「クゥン!」
目を輝かせて駆け寄ったアーニャも、コソコソ辺りを伺ってからソーセージを美味しそうに平らげてくれた。
「ウフフ、つまみ食いって何だか美味しいのよね!」
「ガウ!」
「い、いつもじゃ無いわよ? ちょっと失敗しちゃった時だけ……」
まあ、その失敗は主にホリーの好きなブルーベリーのお菓子やジャム、ソースを作っている時に意図的に起こりやすい上に、味見の回数が多い。
「そ、それに味見は大切よ!」
「クゥン?」
それだけかしらね、とでも言いたげにアーニャが目を眇めたので、ホリーは少し膨れて見せた。
「なによー! 良いじゃない、好きなんだもの!」
「フン……」
先程のソーセージ攻防戦でまだ機嫌の悪いアーニャは澄まして鼻を鳴らした。
「人用のは、たくさんスパイスとかハーブが入ってて、狼には良くない物もあるの。ね? だから、アーニャの為だけに作っておいたのよ、さっきのソーセージ」
チラリと片目でホリーを見たアーニャは、ようやく足元にすり寄ってくれた。
「アーニャ、オール様やお母様、それにルナにも内緒よ? アーニャにだけ、特別だからね?」
「クゥン」
心得たようにアーニャは頷いてくれた。オールや母狼は人の食事に興味を示さないので問題無いのだが、人と暮らしているアーニャとルナ、それにまだ狼の社会を完全には知らない弟狼達は無邪気に人間と同じ物を食べたがる。
何時もホリーの側に居てキチンとホリーの言う事を聞くアーニャさえ危なかったのだ。悪戯腕白坊主達と、ホリーの言う事にはまだ素直に従ってくれないルナはもっと危ない。
ダメな物と良い物を自分で区別する力はまだ無いのだから。
ともかく弟狼達の危機が去って一安心。美味しい食事でクラウスの勝利を祝いつつ……親戚連についての隠し事の件でクラウスを突き倒さなければ。
「さあ……クラウスさんが帰って来たら、どんな風に謝って貰おうかしら? ねえ、アーニャ……」
「キュ、キュウーン……」
もしもアーニャの言葉が分かれば、「貴方、試合中のクラウスみたいな悪い顔になってるわよ。ちょ、ちょっと手加減してあげなさいよ?」などと言っているのかも知れない。
夕ご飯の支度がほとんど整った頃、何も知らないロルフが何時も通り笑顔で台所に顔を見せた。
「やあ、ご馳走だなぁ。ホリー、私も何か手伝おうか?」
「いいえ? ロルフ様からは楽しいお話を伺いたいです」
「ん?」
「ウフフ、クラウスさんったら本当に女性に人気があるんですね? それに、あんなに親戚の方がいらっしゃるなら、私もご馳走を振る舞いましたのに」
何時も通りの笑顔で固まってしまったロルフに、足元にいたオールに至っては「我関せず」とばかりに余所見をしている。
「ほ、ホリー、これは、その……」
「まあ、何ですか? 私、嫁として頼りないのでしょうか。ねえ、ロルフ様?」
「そ、そそそそそんなことは……」
大慌てのロルフに、知らん顔をしているオールの挙動も怪しくなってきた。盛大に目を泳がせて、とても嘘をついて人を騙す事など出来なさそうだ。ホリーはちょっとだけ吹き出して、
「ごめんなさい。私、クラウスさんの試合、見に行ってしまったのです。そうしたら、親戚の方やご令嬢様方がいらして……」
ホリーは試合会場での様子や、親戚と思しき男達の会話もそっくりそのままロルフに話した。
「それで、ロルフ様が試合を見に行くのを止めた訳も、クラウスさんがぜひにと誘ってくれなかった訳も分かりましたけど」
ぷくり、とホリーは素直に膨れて見せた。
「でも、それならそうと、私にも話して下さったら良かったのに。私だけ除け者にして、ずるいです、悔しいです!」
「わ、悪かった、ホリー。私が全面的に悪い! お前が傷付くだろうと、それだけが気がかりで……」
「アーニャ、ロルフ様もちょっと噛んで良いわよ!」
「グルル!」
カプリ、とアーニャはロルフの鼻先にちょっと噛み付いて直ぐに離れた。
「すまなかった、もう隠し事などしないから……」
「絶対ですよ? 私は、もう、クラウスさんのお嫁さんで……ロルフ様の娘のつもりでいますから、ね?」
「分かった。ごめんよ、ホリー」
「良いんです。……ですから、私がコッソリクラウスさんの試合を見に行った事は……」
「それとこれは話が別だ」
鼻先にアーニャの噛んだ跡がまだ残っているのに凛々しい顔つきになったロルフから、ホリーはちょっとだけお説教されてしまった。
根掘り葉掘り、詳しく見に行った時の状況について全部話す事になってしまう。
「あれほど言ったでは無いか。ホリーは可愛らしいだけでなく、優しく慎ましい性格の良さが内側から溢れる程なのだから、男達が放っておく訳が無いのだ! 現に道端で声をかけられているでは無いか!」
「ジャンくんはまだ、十才ですよ?」
「五年経てばクラウスと同じ年だ! 何という不遜な少年なのだ、今度家に招待しなさい。クラウスと一緒にたっぷり礼をしなければ!」
「あ、それならウィルくんとナタリアちゃん、それに都合が宜しければフェルナンド様とパウラさんも一緒に呼んで良いですか?」
「いいとも! まとめてお礼を言わせて頂かねば!」
鼻息荒くロルフが拳を固めていると、
「何を仰っておられるのですか、父上」
「おお、お帰りクラウス」
「お帰りなさい!」
ロルフと台所で揉めていたせいでクラウスが帰って来たことに全く気付かなかった。クラウスの手から下ろされたルナに、アーニャが早速駆け寄って入念に背中をチェックしている。
どうやらナハトに背中を毟られる悲劇は避けられたようで、アーニャは誇らし気にルナの顔を舐めてやっている。ルナは姉に褒められてちょっぴり得意気だ。
「ホリー……」
「クラウスさん、私ちょっと怒ってますからね!」
「ん?」
「謝れ、クラウス! 直ぐに謝りなさい」
「す、すまない……」
「やり直して下さい! 何に対して謝ってるんです?」
つん、とアーニャの真似っこをしてみると、クラウスは慌ててロルフとヒソヒソ打ち合わせてから、必死で謝ってきた。
「本当に済まなかった、良かれと思って……」
「どうせ私は頼りないですもん!」
「そんな事は無い! 俺はホリーが居なければ生きていけない」
大真面目にとんでもない事を言い切るクラウスの目は真剣そのもの。言われたホリーの方が真っ赤になってしまう。
「許してくれ、ホリー」
「……怒ってなんていません。私、クラウスさんに頼って貰えなかったのが、寂しかっただけですもの」
義父の存在も霞んでしまうほど、ホリーは素直にクラウスの腕の中に収まった。
「やれやれ、……何だかホリーはどんどんアイシャに似てくるなぁ、オール?」
「キュウン……」
「何か言いました?」
「いや! ホリーはどんどん可愛くなると!」
「ガウ、ガウガウ!」
キョドキョド目を泳がせるオールを足元に連れていては誤魔化しようが無いが、ホリーはやっとニッコリと二人にいつもの笑顔を見せる事が出来た。
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