最終章 二人で歩む道

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「さあ、ご馳走ですよ! 二人共、手を洗って支度を整えて来て下さいね!」 「ああ。ありがとう、ホリー」 「クラウスさん、お顔も洗った方が良いです。ここにちょっと汚れが……」  ハンカチで頬を拭ってあげると、クラウスは嬉しそうに甘えて大人しくしている。その様は何だかとても、アーニャに似ていた。 「もう大丈夫か?」 「はい。でも、一応お水でも流しておいて下さいね」 「分かった」  クラウスのコートを預かって軽く埃を落として吊るしている間に、ロルフは「二人でお祝いしなさい」と、自分の分の夕飯を持ってそそくさと退散し、入れ違いにクラウスが顔を洗って戻ってきた。 「準備はもう良いのか? 何か手伝うか」 「もう大丈夫です! 直ぐに食べられるように準備しておきましたから」 「良い匂いだ。ジャガイモのガレットがあるだろう?」 「はい! 今日はカスタードプディングがデザートですから、卵は入れてませんけど」  テーブルに並ぶ品々に目を細めたクラウスは、ゆったりと微笑んだ。 「俺の好きな物ばかりだ。ありがとう、ホリー」 「お祝いですもの! リンゴのシードルを開けますね」 「君の分はベリーミックスか」 「半分こしましょうね」  ほんの少しテーブルへ移動するだけなのに、クラウスはホリーの腰を優しく抱き寄せてピッタリと離れず歩く。クラウスは街中でもこの調子なので、慣れるまでは何だか恥ずかしかったが……。 (ロルフ様もだけど……二人とも、本当に狼みたいなのよね……)  アーニャと何時も一緒にいるから分かる。狼は好きな相手、家族、仲間と何時でもピッタリ寄り添っていたいのだ。強がりをやめたアーニャはそれこそ一日中、トイレの中まで付いて来そうな程寄り添うのが大好きだ。  そして、ロルフもクラウスも台所の前を通っただけで食事のメニューをスラスラ言い当てる。狼使いは狼の持つ特性を共有出来るらしいのだ。 「そうだ。今年の卒業式にはラアナ様が列席なさるそうだ」 「なるほど……やっと平和な手段を思い付いて下さったのですね」 「全くだ……」  二人揃って苦笑の上にため息。何しろ、ホリーが婚約した事をラアナに手紙で知らせてからは頻繁に超特急の鳥便(ラアナが無茶のお詫びに能力強化してあげた赤い蝶ネクタイの鳩さんだ)で、ほぼ毎日手紙が届いていた。  どうしてもホリーのお祝いに行きたい、行きたいけれど公主の姫君の護衛役として簡単には離れられない。  自分の魔力を周囲の魔法使いに極限まで注ぎ込んで置いて行こうか、いっそ公主に反旗を翻して自分がこの国の統治者になってでも、と日毎に追い詰められた内容になっていって、ホリーは必死で手紙を返しながら考え直しを要求し続けていたのだ。  公主を退けてラアナがこの国の主人となる。それが冗談で済めば良いのだが、ちょっと本気になれば簡単に出来てしまいそうなのが、ラアナだ。  卒業式に国賓として列席するくらい、何と平和な手段であろう。何故か斜め上から更に急降下した後、凄い勢いで急上昇するような訳の分からない思考の中から、物凄く常識的な答えに辿り着いてくれてホリーは心から安堵のため息をついた。 「うん、美味い。前に食べたのより、更に美味くなった気がする」 「分かります? ジャガイモを切った後に水にさらすのをやめて、直ぐ焼いてみました。味がギュッと濃くなったと思います」 「うん、美味いな。ホリーは本当に料理が上手だ。いつも楽しみだ」 「ウフフ、お代わりもありますからね!」 「お代わり」 「はぁい」  クラウスは何時も清々しい程に食欲旺盛だ。そして食べ方がとても綺麗で、お皿の片隅に散ってしまったソースまで美しいフォークさばきで食べ尽くしてくれるのでホリーはそれがとても嬉しい。 「ラアナ様がいらっしゃるのでしたら、訓練所も大騒ぎでしょう?」 「ああ、何しろ最初は宰相様のみの予定が、ラアナ様と共に貴族の参加者が倍増してしまってな。何時も通りだったのはルーク教授だけだな」 「さすがですねぇ……」 「そうなんだ。あの先生は並みの戦士より肝が据わっているからな。それにしても、このガレットは本当に美味い。また、ちょくちょく作ってくれ」 「はい。もう、お食事はちゃんと、お口で召し上がれ」  クラウスの口元にくっ付いたジャガイモの欠片を取ってあげると、照れくさそうに笑った。この顔は二人きりでのんびりしている時にしか見られない貴重な瞬間だ。ホリーも思わず、釣られて照れ笑いしてしまう。  ラアナの列席で右往左往した結果、何人かの貴族が名乗り出て共同出資した上で、火の国の料理人を呼び寄せて宮廷料理を再現する事になったらしい。かなりの大ごとだ。 「宮廷料理ですか……でも、ラアナ様は気に入らないと召し上がらないから……」  ここに招いた時は何でも美味しそうに平らげて、むしろクラウスの分のカボチャプティングまで食べてしまうほどなのに、食べないとなったら絶対に食べない。  貴族の晩餐に招かれて、目の前で豪華な特別料理を披露されてもどこ吹く風で、ひたすら水だけ飲んでいた、なんて事もあったらしい。  何故か毎度護衛役を指名されるフォルクが、「その後腹が減って凶暴になったアイツに八つ当たりされる俺の身にもなれ、バカ貴族共!」と、クラウスに八つ当たりしていったものだ。 「ホリーが作ったと言えば召し上がるのではないか?」 「まあ、いけません。嘘をつくなんて」 「嘘でなければ良いだろう。……うん。この手があったか」 「はい?」  クラウスは真剣な顔でナイフとフォークを置いた。 「丁度良い。これで彼奴等を黙らせる事が出来る」 「え?」  クラウスが言うには、前にラアナを招いた貴族は例の遠縁の親戚の一人らしいのだ。 「ホリー、君は俺が思っているよりも強くて頼もしい人だ」 「そ、そんな……」  急に真っ直ぐ褒められて恥ずかしくて、慌てて顔の前で両手を振りながら、 「クラウスさんやロルフ様、それにフォルクさんやラアナ様の真似をしてみただけです」  必死の照れ隠しを前に、クラウスは真剣に続けた。 「俺は、君を守るつもりでいたが、ホリーは俺と一緒に戦ってくれるんだろう?」 「は、はい! 微力ながら、精一杯……」 「ありがとう。それなら、思い上がった馬鹿共にホリーがどれだけ凄いのか知らしめて黙らせてやろう」 「まあ……」  試合会場を黙らせた悪い顔で笑うクラウスに、ホリーは又うっとりしてしまう。描いて頂いた絵を今夜にも飾って毎晩眺めてうっとりしよう、と心に決めた。 「悪いお顔です。ロルフ様みたい」 「悪いか? 俺は父上の息子だぞ」 「いいえ、とっても素敵です……」  見惚れているホリーの頬を撫でながら、クラウスは「ラアナ様の食事を支度する貴族と対決する」提案をしてきた。 「でも、それって……」  どうなのだろうか、とホリーは思う。勝つ事が分かり切っていて、上部だけの試合をするようなものでは。 「気にする事は無い。自分の利しか考えない相手にまで気遣ってどうする。……ところで、ホリー」 「はい……」  尋常では無い程悪い顔のクラウスは、いつもの優しく真面目で誠実な雰囲気よりもホリーを虜にしてしまう。まだまだうっとり見つめていると、お行儀悪くフォークがホリーの皿に伸びて来た。 「食べないなら俺にくれ。このジャガイモの炒め物も前に食べたのより更に美味いぞ」 「だ、ダメです! これは私のです!」  慌ててパクパクお腹の中に片付けると、「ああ……」とクラウスはとても残念そうにしょげてしまった。 「まだ、ちょっと残ってますよ?」 「お代わり」 「はぁい」  美味しそうにパクパク食べているところは、自分と同じ年の男の子なのに、急に大人びた顔をするのでホリーは何時も惑わされてばかりだ。 「ともかく、ルーク教授に話しておくから、そのつもりでいてくれ」 「でも、良いんですか? そんな事……」 「大丈夫だ。浮き足立った貴族共にルーク教授もさすがにお困りの様子でな。まあ、大方話は通るだろう」  まだホリーの皿にちょっぴり残っているジャガイモを狙っていたので、フォークをペチリとやりながら、ホリーは不安半分ワクワク半分を感じつつ、死守したジャガイモをパクリと食べた。
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