最終章 二人で歩む道

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 ナナは即座に駆け寄ってホリーの手を優しく包み込んで元気一杯に振り回した。隣に立つグイドは黙って小さく会釈しただけ。  それでも、彼からも優しい心遣いを感じ取れた。 「ナナさん、グイドさん! 手伝ってくれるのですか?」 「当たり前よぉ! あたしはホリーちゃんのお姉さんも同然! 妹に難癖付ける輩は千切っては投げ、千切っては投げ、パン生地みたいにドカドカこねて竃でこんがり焼いてやるわ!」  鼻息も荒く逞しく腕を捲り上げるナナに、ちょっと呆れた声で、 「一応、相手は貴族だからな。千切って投げるフリだけにしとくのと、ソレ、ラアナ様の前で言うなよ。あいつ本気でやるから」  と、フォルクが顔を見せて、ホリーは心強くなった。すると、「暇な男」はフォルクだったのだろう。 「どうせ俺は暇だよ。相手もいねぇよ! 嫌味ばっかり言いやがって、この腐れ玉ネギ」 「口は悪いが器用な男だ。知っている相手ならば気兼ね無いだろう」  フォルクの悪態にも涼しい顔のままのルーク教授に、フォルクは重ねて悪態をついている。彼程正面切ってルーク教授に突っかかる生徒は居ないだろう。  グレイスがニコニコ見守っているところを見ると、どうも日常茶飯事のようだ。  だが、どうも変だと思ったら、フォルクの肩に何時もいる筈のナハトの姿が無い。ナハトもルーク教授が苦手なのか、それとも獣医のグレイスが怖いのか……。  ともかく、常にフォルクの肩に止まっているので何だかとても寂しく感じた。 「あ、あの、フォルクさんも手伝って下さるなら、とても心強いです! でも、良いのでしょうか……」  クラウスと共にストレートで現役合格した、しかも主席のクラウスに並んで次席合格の新規隊員に、たかだか元下働きの娘の手伝いなどさせて。 「構わねぇよ。何てったってホリーの為だし、嫌味な親戚共を黙らせてやるんだろ? 良いよなぁ、そういうの。俺好みの作戦だぜ! ガツンとやってやろうぜ!」 「は、はい! とても頼もしいです!」 「クラウスもなかなか底意地の悪い作戦を立てるようになったなぁ。クソ真面目な優等生のクラウス様は何処に行ったんだよ?」  楽しそうに笑いながらフォルクがクラウスに突っかかると、クラウスの口元にはフォルクから写したような意地悪な笑みが浮かんだ。 「お前らしい作戦が一番精神的ダメージが強そうだったからな」 「通りでアラが多い。私を巻き込んだのは君の考えだろう」 「はい。確実を期す為に教授の顔をお借りする事に致しました。教授が前面に出て下されば彼等は断れず、勝敗を喫した後も誤魔化す事は出来ません」 「フム。流石だ。フォルクは詰めが甘いのだ。最後の最後で裏をかかれて焦って失敗する」 「うるせぇ、腐れ玉ネギ。さりげなく俺の悪口か、クソジジイ」  憎まれ口を叩くフォルクはいつもより子供っぽい。憎まれ口を叩いてもルーク教授が自分を嫌う事は無いし、理不尽に怒ることも無い。  それを知っているから捻くれた甘え方をしていて、ルーク教授も捻くれたフォルクの本当の気持ちを知っているから咎めないのだ。 (なんだか、親子みたい)  ようするにフォルクは甘え方の下手な子供。そう思うと、ホリーは思わずニコニコと姉のような気持ちで強がるフォルクを見守ってしまう。  そんなホリーの様子に気付いてグレイスが小さく耳打ちしてきた。 「フフフ、あの子は素直じゃないの。あの人にそっくり!」 「そうですね。私、もうルーク教授怖くありません」 「まあ、嬉しい。あの人の良さが分かるなんて、見込みのあるお嬢さんね! そうそう、アーニャちゃんのお腹の具合はいかが?」  例の玉ネギ入りひき肉団子盗み食い以来、グレイスは顔を合わせる度に具合を尋ねてくれるのだ。 「もうお薬飲まなくて良いので、のびのびしてます。飲んでいる間は大変で……薬は嫌だと駄々をこねるものだから、美味しいお肉に混ぜ込んで食べさせちゃいました」 「まあ、やりますわねぇ!」  コソコソと女同士で盛り上がっていると、 「何を話しているんだ?」  と、クラウスが割り込んで来たが、グレイスは優雅に唇に指を当てて諭した。 「内緒ですわ。女同士の秘密にむやみに立ち入らないのも、夫婦円満の秘訣ですわよ?」 「は、はあ……」 「ふ、ふうふ……」  思わずクラウスと顔を合わせて二人揃って真っ赤になってしまう。もちろん、婚約者で、妻になる前提で、夫婦になっていく訳なのだが……。改めて言われると、何だか恥ずかしい。 「まあまあ、真っ赤になって可愛らしいこと! 素敵ねぇ! ねぇ、フォルクさん?」  ニコニコ笑っているが、ルーク教授とは違う意味で妙に迫力のあるグレイスに、フォルクは完全に気後れして三歩下がった。 「いや、俺は、まだ、そういうのは、ですね……」 「嘘おっしゃいな。私が何も知らないとでも思ってますの? ねえ、護衛さん?」  たっぷりと含みを持たせた「護衛さん」は、ラアナがフォルクを呼ぶ時の呼称だ。  途端にフォルクが真っ赤になったので、ホリーもナナも色めきだった。 「ち、ちが、ちがう、ますよ? 俺は、ただ、その、アイツが、ええと、だから、違うんです、よ、ようするにそういうんじゃ無いんです!」 「要するにってなによぉ、フォルクちゃん。何も話してないのに、どこを要するに、なのよぉ! ちょっとちょっと、何がどうしたのか、ぜーんぶ話して貰うわよ!」  ぐい、と更に腕まくりしたナナは全てを聞き出すまで逃がさないだろう。  ホリーもちょっと、最近のラアナとの無茶なやり取りを思い出してみた。 (そう言えば、化粧品を送ってくれるって言ってた時、すっごく綺麗になった気がしたわ。あの時ね。間違いないわ!)  滅多に働かない女の勘が、そう囁いている。 「内緒にしているなんて、ずるいじゃないですか。もう一ヶ月くらいになるんでしょ?」 「んえ? な、なんで……」 「ウフフー。ないしょです。さあ、全部話して下さい!」  グイグイ迫るホリーとナナから懸命に逃げながら、フォルクはクラウスの援護を待っているようだった。だが、それは見事に裏切られるのだった。 「そう言えば、最近やけに首都に行く用事が多かったな。デートか」 「ちげぇよ! 仕事だよ! 任命してきたのはこの腐れ玉ネギだよ!」 「俺にくらい話しておいてくれたら、少しは守れたんだがな。もう無理だ。腹をくくれ」 「てめぇ、絶対ぇ楽しんでるだろ!」 「そんな馬鹿な。俺は親友の素晴らしい恋路を祝っているだけだ。多くの人に祝って貰うのは幸せな事だからな。おめでとう、フォルク」 「うるせぇ、この腹黒狼王! も、もう、とにかく準備にかかるからな!」  必死でホリーとナナを振り切ったフォルクは走って逃げてしまった。  勿論、逃がさない。ホリーはナナと頷きあって、 「それでは失礼致します! 早速準備にかかりますので!」 「失礼します〜!」 「励みたまえ。それと、分かった事は詳細に報告するように」  ルーク教授も気になるのだろう。ナナと二人、飛び切りの悪戯っ子な笑みを浮かべて、「はい!」と張り切って返事をした。
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