最終章 二人で歩む道

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 急いでフォルクの後を追うと、廊下の角を曲がった所で待っていてくれた。何時の間にかナハトが肩に戻って来ている。 (ナハト様、ルーク教授かグレイス先生が苦手なのかも知れないわ)  堅物のルーク教授に、優しいけれど動物達にとっては苦い薬を飲ませたり、注射を迫ったりする獣医のグレイス。  二人共人柄は申し分無い程素晴らしい人達だが、苦手とする動物達は多いかも知れない。アーニャがそうなったように。  昼間なので眠いのか、ナハトはうつらうつら頭を揺らしている。 「こんにちは、ナハト様」 「ホッ……ホー」 「黙れ食い意地ばかりはりやがって! 何度も言うけどな、お前は鳥なんだぞ。体重増えたら飛べなくなんだよ、分かってんのか、このクソジジイ」 「ホッ、ホッホー……」  どうやら、ナハトは何かホリーにねだっていたようだ。フォルクの頬にいきなり鋭い爪の付いた足を差し出したので驚いたが、フォルクも負けずに押し返している。  この二人の喧嘩は日常茶飯事だが、何時も心臓に悪い。 「あの、ナハト様。ごめんなさい、今日は何も持っていないのです。また、遊びにいらして下さい。その時はナッツを炒っておきますね!」 「ホー!」  梟は基本的に肉食だが、ナハトは脂肪分の多いナッツや、優しい甘みのドライフルーツも好きだ。フォルクが遊びに来る時に用意しておくと、喜んで食べてくれる。  嬉しそうに羽を広げてくれたが、やはりもう本格的に眠いらしい。伸び上がった姿勢から足をモコモコの羽毛にしまい、小さく羽を折りたたんでフォルクの肩に乗ったまま眠り込んでしまった。  人間で言う所の膝を抱えて座った姿勢のまま寝ているので窮屈では無いかと思うのだが、これが梟には普通の寝方らしいのだ。 「あー、その、皆に言わなくて悪かったよ」  改めて力一杯聞き出そうと息巻いていたホリーとナナの機先を制するようにフォルクから切り出してきた。 「あいつはこういうの苦手そうだし、まあ、そもそも、なんで俺なのか……」  と、ちょっと肩を落としている。何故だかとっても励ましたくなってホリーとナナは口々に、 「何言ってんのよぉ、フォルクちゃんは良い男よ! あたしのグイドの次の次だけど」 「そ、そうですよ! ラアナ様みたいな方にフォルクさんが付いていてくれて、私とっても安心しました! 少なくともお腹を空かせて倒れることは無くなるかと!」 「そこは心配ねぇよ、ホリー。アイツは俺が作った物が好きなんだってさ」  ホリーは思わず、ナナと一緒に「きゃー!」と奇声を上げてしまった。 「やだぁ、ねぇ、ホリーちゃん!」 「やだぁ、ねぇ、ナナさん!」 「「なんて素敵!」」  その後も準備の為にお店を回る傍らでナナと一緒に「やだぁ、ねぇ」と言いながらフォルクのお腹辺りを肘で突きまくってしまう。  なんだよ、と文句を言いながらもフォルクも何だか楽しそう。フォルクは本当に、ラアナと言う美しい器では無くて、彼女の中に宿っている自由な魂までも愛しているに違いない。 (ああ、嬉しい。凄く嬉しいわ。ラアナ様にお祝いのお手紙を書こうかしら)  それとも、久しぶりに直接顔を合わせる卒業式にいきなりお祝いを言おうか。そんな風にホリーが呑気に考えていられるのも、ナナが野菜の仕入れを一手に担ってくれると胸を叩いて請け負ってくれたからだ。 「大丈夫よ、ホリーちゃん! あたしに任せて! 実家のコネを総動員して最高に美味しくて新鮮な野菜達を揃えてあげるからね!」と。  ナナは元々、この町で一番の野菜の目利きだ。この町で一番と言うことは、この国で一番と言う事。土の国のライフラインを一手に担っているこの町ならではの隠れた名人の一人だ。  ホリーの提示したメニューは、日頃作り慣れた物ばかり。それは食べ盛りのクラウスの為、療養が必要なロルフの為、家族二人の為に改良を重ねたもの。  メインに肉を使うが、ほとんどが野菜中心なのでナナの手腕は、そのまま料理の出来栄えに繋がる。ホリーにとって最高に心強い手助けなのだ。 「あ、そうだ。お客様用に沢山用意するとなると、ちょっと農家の方にご挨拶もして行かないと」  と、ナナの提案で、この際全員が揃っている今の内に挨拶を済ませておこうと、お店巡りを中断する。ナナの案内で迷宮入り口の農園に向かうことになった。  この町の最北端に位置する地下迷宮は危険な場所だが入り口付近の地下一階は不思議な事に年中一定の気温で暖かく、植物が良く育つ。実りの少ないこの国の唯一のライフラインだ。  地下一階とは言え、多少の危険が付き纏う為、農家の方々が作業する間は救助隊員が警護に当たるが、正直な所初めての任務でガチガチの新米隊員より熟練の農民の方が強い。  彼等は人の頭大にまで成長した巨大なイナゴの軍団と戦い抜いて小麦を守ったりしているので、「俺らで倒せないのはクリスタルモルフォくらいかな」などとうそぶいている。  実際には今年、農民が倒したクリスタルモルフォが競売にかけられ、その資金で農園の開発と新しい種を買ったそうだ。  本来ならクリスタルモルフォは地下一階に生息していない。だが、時折下層から迷いこんだ魔物が襲いかかったり大事な作物を食べてしまったりするらしい。  それをほとんど自力で追い返せるのが、これからナナが紹介してくれる敏腕農家の一家だそうで、ホリーは筋骨隆々な救助隊員と見分けの付かない逞しい一家を想像した。 「あらぁ、ナナちゃぁん!」 「はぁい、リタさん!」  ホリーくらいの背丈しか無い可愛いつば付きのボンネットを被った女性が、軽々と巨大なカボチャを肩に担いで来たかと思えば、「よーいしょ」と気軽に地面に置いて、ナナと両手を握り合ってぴょんぴょん飛び跳ねている。 「もう、お見限りねぇ! 貴方がお野菜の仕入れに来ないから、ウチの旦那ったらマルコちゃんに八つ当たりしちゃってぇ」 「もー、あんまりウチの跡取りを苛めるなって言っといて貰えます? すーぐ自信無くして姉さんに泣きついちゃうんだから!」 「分かったわぁ、ちょっとビンタしとくわねぇ!」  最初のカボチャの一件を除けば、何処にでもいる普通の可愛らしい若奥さんだ。 「ええ? クラウス様がいらしてるの? もう、早く言ってよ!」  一際大きな声で騒いだリタは、物凄い速さ……少なくともホリーには翻ったリタのスカートが戻った時には何処からか紅茶が用意されていた。 「こんな所までようこそ、クラウス様! それに、貴方がホリーさんなのね!」 「は、はい!」  手際良く男性陣をシートに座らせて紅茶を配り終えると、リタはホリーの手を優しく取った。 「私、貴方の事応援するわ! もう、本当に感激しちゃったもの! 素敵だったわ、貴方の献身的な愛! 救助隊員の皆ったら、貴方の事本気で好きになっちゃった人も居たのよ! クラウス様がそこらのクソ男だったら、旦那と一緒にぶっ飛ばして絶対ウチの嫁に来て貰いたかったわ!」 「よ、よめ?」  ホリーよりちょっと年上の、多く見積もってもせいぜい二十才前後にしか見えない。息子さんがいるようだが、まだジャンくらいの年頃だろう。 「ホリーちゃん、騙されちゃダメよ〜? リタさんこう見えて三十代だから」 「やだぁ、ナナちゃん。バラしちゃダメじゃない〜」 「もうホリーちゃんと同じ年の息子さんまでいるでしょ。言わなくたってバレるわよ」  すると、母の方がリタの年に近いのだ。その驚愕の事実にホリーは何も言えなくなってしまった。 「ソーナンデスカ……」 「それで、お野菜が必要なんですって? いっちばん良いのを卸すわね、もう農園中ホリーちゃんのファンばかりだから、安心してね!」 「アリガトーゴザイマス……」  しばらく、カクカク喋りは抜けてくれなかったが、ホリーがカクカクしている間にクラウスがそつなく必要な野菜の種類、量、運ぶ手段まで手配してくれた。
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