最終章 二人で歩む道

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「そうだ、このカボチャ出来が良いのよぉ。ロルフ様がお好きでしょ? ちょっと持ってく?」  気軽にニコニコ笑いながら大きな斧が出て来るのには驚く。 「迷宮の中で熟成させると、何でか美味しくなるのよねー。でも、獣に狙われやすくて。さっきも馬鹿でかいウサギが出てねぇ、ダンナと息子が追っ払ってる間に私が安全な場所に運んで来たとこだったのよ」 「ウサギと言うと、キッカーラビットですね」 「そうなの! 結構たくさんいたから、救助隊にも知らせておかなきゃね。クラウス様が探索隊に入って下さったら、本当に心強いんですけどねぇ」 「申し訳ありません。私は警備隊に配属される予定ですので」 「う〜ん、残念!」  キッカーラビットはその名が示す通り、抜群の破壊力を持つ強烈な脚力を持つ、巨大化したウサギだ。後ろ足で立ち上がると、猟犬を遥かに凌いでしまう。  隊員でも不意打ちを食らえば骨の一本や二本、簡単にへし折られてしまう。自分よりも体の小さな物は何でも食いつく貪欲な雑食なので、万が一の時は相棒動物を先に逃がす事も必要だ。 「仰る通り、カボチャは父の好物なので有り難く頂きます。切り分けはホリーが致しますので」 「あらあら。結構固いわよ? 大丈夫?」 「はい、大丈夫です」  クラウスは自信たっぷりに頷いて、リタからナイフを借りた。  ロルフから習ったカボチャ割りを披露する時がきた。クラウス以外の前ではやった事が無かったので、ちょっと緊張しながら、 「では、失礼して……」  むん、と腕まくりしてから、ホリーはジッとカボチャを見つめた。周りの音も聞こえなくなる程集中力が高まると、カボチャの皮の複雑な模様の隙間を見つける。 「えい!」  見事に成功して、大きなカボチャがパカン、と気持ちよく真っ二つになると、 「おお!」 「凄いわ、ホリーちゃん! もしかしてクラウス様より強かったりして?」  と、皆大盛り上がり。照れくさくて笑うだけのホリーの隣で、クラウスが一番誇らしげに胸を張って答えた。 「我が家で一番の使い手なのですよ」 「もう、クラウス様ったら冗談キツイわぁ! 狼使いより強いお嫁さんなんて、カッコいいじゃない!」  リタはとても面白がって、「ついでにお裾分けしたいから、六個に分けてくれる?」と目をキラキラさせている。 「お安い御用です!」  パカン、パカンと調子に乗って六個に切り分けると、リタは踊るように手を打って喜んだ。 「凄いわぁ、助かっちゃった! ホリーちゃん、一番おっきいの持って行ってね!」 「ありがとうございます!」  遠慮無く一番大きなカボチャを貰うことにする。カボチャはロルフの大好物だし、迷宮で熟成させたカボチャは獣に食べられて数が少なくなってしまう分、希少価値が高い。お店で買うとお高いのだ。 「今日はこれで、何を作ろうかしら……ポタージュにしようかしら……」 「あらま、美味しそう! どうやって作るの?」  ホリーはリタにレシピを教えながら、ポタージュも美味しいけど、せっかくだからこの希少なカボチャは素材の味を楽しむと決めた。  素材そのままの蒸し焼き。ロルフも素材をそのままの方が好きだから、きっと喜んでくれるだろう。 (味がしっかりしているから、メインのお肉にも負けないわ! 楽しみ!)  もう夕飯のメニューにそわそわしながら町に戻ったホリー達は、食材の調達を手早く進めてそれぞれ帰路についた。  ホリーはその後も順調に材料を揃えて、当日の段取りを話し合ったりレシピを更に練り直すのに忙しく過ごし、クラウスも首席卒業という事で卒業式の挨拶や式典の打ち合わせに引っ張り出されて大忙し。  卒業式の前日まで二人が目まぐるしいスケジュールを組んでしまったものだから、見かねたロルフが様々なコネを駆使して無理矢理二人のスケジュールを調整して、前日は完全に休みになってしまった。  二人揃って長々とお説教されてから、ポコポコと軽い拳骨(ホリーはポコ、クラウスはボコ、の差はあったが)を受けた。 「お前達は真面目で勤勉過ぎる! 休むのも仕事の内だぞ。今からそんな調子では、これから知らぬ内に体を壊すぞ、馬鹿息子に馬鹿娘。今日は何が何でも休みなさい。ホリーは家事も一切禁止!」 「ええ……」  ホリーが思わず抗議の声を上げると、再度ポコ、と拳骨が落ちた。 「明日は大切な式典ですからね。心身共に休んで心構えしておく事も大切です。私からもお願い致します」  ロルフの隣で一緒に拳骨を振るっていたジル先生もニコニコ続けた。 「今日は美味しい薬膳で体を休めて、明日に備えましょう。ミーナさんが作ってくれますからね」 「薬膳? わ、わたし、教わりたい、です……」 「んん? 今日はお休みのホリーさん、何ですか?」 「は、え、はう、な、なんでもありまひぇん」  最早反論を諦めた顔のクラウスと、そっと目を合わせて揃って力無く笑う。どっしり両腕を組んだロルフは絶対に働く事を許さない構えだし、ジル先生の底知れないニコニコ顔に逆らう蛮勇は無い。  結局、何から何まで万全に整えられた食卓でのんびりと食事を頂くことになる。  体が芯から温まる生姜の効いた野菜と雑穀たっぷりのお粥、とろとろになるまで丹念にすり潰したジャガイモのポタージュ、ほうれん草とニンジンの炒め物、カボチャのカリカリ焼き、しっとり蒸した鶏肉にピリ辛の玉ネギのソースを絡めた物が絶品。  優しい味付けと丁寧に調理された食事を堪能した後はホリーの大好きなブルーベリーのジャムを添えたヨーグルトが出て、大満足。  ちょっと少なめだな、と思った量だったが、いつのまにかお腹も膨れてポカポカしてきた。優しい香りのハーブティーを飲みながら、もう、今にも寝てしまいそうだ。 「ゆっくり休んで、明日は頑張って下さいね」 「はい、ミーナさん。ありがとう、ございました……あの、後で、今日のレシピを教えて……」 「ちゃんとロルフ様にレシピを渡してありますからね」 「ありがとうごらいまふ……」  あまりに心地良くて、もう瞼を上げるのも億劫になってきた。  フワフワした意識の向こうで、ホリーはいつのまにかクラウスに抱き上げられて、ベッドに寝かされていた。  優しく頭を撫でられて、ますます心地良い。 「おやすみなさい……クラウスさん……」 「お休み」  背中に寄り添ってくれるアーニャの温もりを感じながら、ホリーは幸せなまどろみに落ちていった。
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