最終章 二人で歩む道

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 ついに卒業式当日。ホリーは勿論、この町の全ての人々が緊張を持って迎えた当日、次々と賓客が到着する。その中で一際大きな馬車で到着したのは、この国の宰相だ。    先頭に立って賓客を迎えるのは町の領主であるアルムと、幼いながら跡取り修行中のマティアスだ。 「久し振りですね、アルム」 「はい、宰相閣下。お元気そうで何よりです」 「おや、私が体調不良の方が貴方には何かとやり易いのではありませんか?」 「ご冗談を。閣下にはまだまだ現役で居て頂きませんと」  遠くから見れば和やかな旧友の再会のようだったが、すぐ側に控えていたルーク教授とフェルナンドは肌がムズムズする程の緊迫感の中に晒されていた。 「ちちうえ、今日はとても冷えこむので、早くおへやにごあんないしましょう」 「ああ、そうだったな、マティアス。閣下はだいぶお年を召されているからな。早くお休み頂こう。閣下、お初にお目にかかります。私の息子でございます」 「おお、母君に似て聡明そうな子だな。底意地の悪い父君に似なくて良かった。流石は我が主の血縁である」  ニッコリと笑って難しいアレコレを流したマティアスは丁寧に頭を下げた。 「ありがとうございます」 「うむ、礼の仕方にも品がある。流石、ローザ様の息子だ」  アルムの妻であるローザは、土の国最高権力者の公主と同じ血を引いているのだ。そう言った面でも、宰相からすればアルムは少々厄介な立場にある。  だが、結婚に難癖を付けたくとも、ローザ本人がアルムに一目惚れしてしまって、一生懸命公主に願って叶えた結婚だ。反対する事は、国家反逆罪に等しくなる。 「さあ、こちらです。ぼくが、ごあんないします」 「ありがとう、マティアス。良い子だね」  冷や汗びっしりの周囲を差し置いて、マティアスは落ち着いた様子で宰相を案内するべく先導していった。 「ここに立っているだけで寿命が縮みます。私は、周辺警備に戻らせて頂きたいのですが」 「ここに救助隊の顔役が居なければお話にならぬ。正に寿命が縮むと感じる者で無ければ勤まらぬ。適任は君しか居ない。一番の嵐は過ぎ去った。安心しなさい」  鉄面皮のルーク教授は冷や汗一つ、かいていない。フェルナンドは妻が刺繍してくれたハンカチで額の汗を拭った。それから、懐に忍ばせた妻と娘の肖像画に手を当てる。そこだけが、じんわりと温かい。  次に到着したのは、あまりにも簡素な馬車だった。始め、人々は荷運び用の馬車が誤って迷い込んだのかと眉をひそめたほど。  だが、その馬車から降り立った人物に全員が慌てて居住まいを正した。 「おはようございます、ルーク教授。ご機嫌いかがかしら?」 「おはようございます、ラアナ様。本日はご来場ありがとうございます」 「私のわがままだもの。貴方が礼を言うようなことでは無いわ」  にっこりと微笑んだだけで、辺り一面に芳しい花の香りが舞うようだった。全員が老若男女問わず魅了される中、ルーク教授は平然と続けた。 「礼は口上のようなものです。本題は別にあります。先日、ラアナ様が研究されていると仰っておられたテーマが気にかかりまして」 「ああ、時間空間瞬間移動術式の事? あれは弟が研究しているのよ」 「ほう。その辺り、詳しく伺えますかな」  二人は魔法について語り合うのに熱中してしまい、ラアナにへつらうように挨拶する者達は完全に置き去りになっている。  二人が会場に向かって行くので、フェルナンドもそっと元の仕事に戻ろうとしたが、服の裾を下から引っ張られて足止めされてしまう。 「だめ、ですのよ。フェルナンドさま」 「やあ、これはクリスティーナ様。私に何か、ご用ですか? 遊び相手が欲しいのでしょうか?」  すると、クリスティーナは元気に首を横に振った。 「わたし、おとうさまのおてつだいをしているの。わたしのおしごとは、フェルナンドさまをみはることですの。だから、だめ、ですのよ?」  幼いながらに既に貴婦人の貫禄を纏うクリスティーナの小さな手をふり解ける訳が無い。どうしても愛娘のナタリアと重ねて見てしまう。 「分かりました……」  上手く抜け出す事は叶わず、フェルナンドはルーク教授を軽く呪いながら出迎えに精を出した。後ろには、賓客達には見えない小さな貴婦人の監視下において。
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